説得が上手くいって本当に良かった。確かにあのキャラクターの髪型は「自分で切った」と説明されても納得するレベルだ。
「そういうところは全く問題ないです。カツラを用意してくれますし、小児科の看護師がメイク係をしてくれますよ」
祐樹が告げると川口看護師は安心したように頷いた。
「それは浜田教授も喜ぶでしょうね」
最愛の人はアイスティーを美味しそうに飲みながら花よりも綺麗な笑みを浮かべて――そして、川口看護師を見ている。心に刺さった棘が太さと鋭さを増したような気がした。
「お引き受けくださってありがとうございます。それらしい恰好をして、小児科病棟を歩くだけですが、なかなか適任者がいなくて本当に助かりました」
内心を押し殺して祐樹も笑みを浮かべた。あのキャラは「呪いが廻る戦い」でも五本の指に入る筋肉量を誇っているので、病院関係者にそうそう居ないのも事実だ。
「田中先生が『現代最強の呪術師』なのは納得です。ああ、白い髪はカツラなのですね。高校生時代だと真っ黒なサングラスも必要でしょうね」
川口看護師は爽やかな笑みを浮かべている。催し物に乗り気で出演する気になったのだろう。
「そういう仮装はまだ良いのですが、高校生らしくと言われると困ってしまいます……。よくある制服ではないのが救いです。学生服を着るのはさすがに恥ずかしいです」
祐樹も、不味くはないが美味でもないホットコーヒーを飲んだ。ついつい川口看護師に対抗してしまってLサイズを注文してしまったが、Mで充分だったと少し後悔したが後の祭りだ。
「高校生ですか?肌の張りが違いますよね?」
川口看護師は寸暇を惜しんで身体を鍛えているだけに筋肉だけでなく肌の調子も気になるのだろうか?
「ゆ…田中先生の肌は……どんな手入れをしているかは知りませんが、荒れていないです」
最愛の人が言葉を選びながらのフォローに入ってくれたのは純粋に嬉しい。そして、祐樹の顔は何の手入れもしていないことは最愛の人もよく知っている。
「肌艶を良くする方法として、性的に満たされることが挙げられますよね。お付き合いしている女性がいると風の噂で聞きましたけど?」
男性が集まると猥談が始まると何かの本で読んだが、川口看護師の口調はあくまで爽やかだ。祐樹は告白避けのために「彼女がいる」というウソも病院内に大々的に流していたので、川口看護師もそれを小耳にでも挟んだのだろう。最愛の人は頬の薄紅色が、さらに濃くなっている。気分を落ち着かせるためか、水を飲んだのちに花よりも綺麗な唇を開いた。祐樹を「性的に満たす」のは最愛の人だけで、その愛の行為を思い出したのかもしれない。
「それは俗説に近いです。何しろエビデンスが弱いので。しかし、ストレス低下と血行促進、そしてホルモン安定の効果は実証されています。そのため肌艶がよくなることもあると個人的には考えています」
怜悧な声に仄かな色香が混じっているようだった。向かいに座る川口看護師に気付かれないように指を動かして最愛の人の指の付け根をくすぐった。最愛の人の弱い場所だということは知っている。案の定、彼の頬に朱を刷いたような色がかすかに加わった。
「そうなのですか?教えてくださってありがとうございます。性的な発散も頑張ります。『彼女』と……」
指を絡めて強く握るとスーツに包まれた上体がかすかに反った。指の戯れだけで最愛の人の肢体は熱を帯びている。彼が身じろぎすると、柑橘系のコロンの微かな香りがふわりと漂った。
「そういえば、今劇場版が歴史的な大ヒットしている、あのアニメを子供たちは望むような気がしますが?」
口を開いた川口看護師は祐樹と最愛の人の間に漂うきわどい雰囲気には全く気付いていないのが救いだ。
「そうですね。ただ衣装が大変なのと、水や炎のエフェクトを出すのは不可能という点で断念なさったようです、浜田教授は」
川口看護師は健康的な感じで笑い声を立てている。
最愛の人が花のような静謐な笑みを浮かべているのが祐樹の心の棘を溶かしてくれるようだった。
「教授職は演じる側に回らないみたいですが、香川教授があのアニメの役を演じるとしたら、水の柱でしょうね……」
祐樹も同じことを思っていたので、惚れた弱みではなかったかと思って隣を見ると、最愛の人は満開の紅薔薇のような笑みを川口看護師へ向けていた。それを見ると薔薇の棘が祐樹の心に新たに突き刺さったような気がした。
「……浜田教授には『出演快諾』とLINEを送りますね。教授に貴方のLINEを教えてもいいですか?」
これで祐樹のミッションは済んだようなものだ。
「はい。詳しいことは浜田教授にLINEで聞けばいいんですよね?というか、教授職の人にLINEを送るなんてめちゃくちゃ緊張します!」
最愛の人が宥めるような笑みを浮かべた。
「大丈夫です。小児科は看護師が教授の周りに集まっています」
川口看護師が驚いている。まあ無理もないだろう。精神科の真殿教授はパワハラ常習犯なのだから。
「では、役作りも兼ねて、ここから走って京都一周します!」
店を出たら川口看護師は高らかに宣言すると、「おやすみなさい」と言い残し、猛ダッシュで走り去った。
「貴方さえよければ、タクシーではなく歩いて帰宅しませんか?何だか負けている気がして……」
祐樹が提案すると最愛の人は白く長い首を傾げている。
「負けている?それはよく分からないな……」
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