「気分は下剋上 BD・SP」前編

短編
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This entry is part 1 of 9 in the series 下剋上SP

「森技官、田中です。お時間少しよろしいですか?」
 スマホ越しに慌ただしそうな物音が聞こえてくる。
『重要な用件なら時間は作ります。藤宮!この法案の第二項は対象者が少なすぎる!社会的弱者をさらに救うように修正しないと厚労委員会にも通らない!書き直し!あ、田中先生、すみません。まことに申し訳ないのですが、数分間ミュートにしてもいいですか?』
 ちっとも申し訳なさそうな口調が森技官らしい。
「はい。お待ちしています」
 次の土曜日に自然じねんじょを掘りに行く誘いをしてもいいものだろうかと思っていると、『次の総裁が誰になろうと、どうせ少数与党なのだから政局の混乱は避けられないだろう。所属政党がどうのと言っている場合ではない。超党派の議員の数の力で国民のためになる法案を一つでも多く通すのが我々の役目だ!だからこそ君たちを大阪に集めたことを忘れるな!』
 どうやらミュートにし忘れたらしい。森技官が大阪で勤務しているなら話は早い。ただ、官僚にとって法案作成は重要な仕事のはずで、自然薯掘りは場違いのような気がした。しかし、森技官も夏の選挙からずっと忙しかったと呉先生から聞いている。大自然の中で汗を流すのもきっとストレス解消になるだろう。
『もしもし田中先生?』
 せわしなくタップしているらしい音が聞こえる。ミュートを解除しようとしているのだろう。
「お忙しいのにすみません。いや、忙しいと効果的かと思います。実はマカの効果よりも効き目のある成分が見つかりまして……、仮説ですがバイアグラに勝るとも考えられています。その魔法のような薬効に興味はありませんか?」
 祐樹が最愛の人と栗拾いに行ったときに彼に伏せた内容だった。
『エビデンスはあるのでしょうね?』
 想定通りの答えに思わず唇が弛んだ。
「今大阪ですよね?梅田で合流したらお見せ出来ます。一時間後に梅田駅近くのキーフェルでお待ちしています」
 こういうときは畳みかけるのがコツだ。
『分かりました。では一時間後』
 電話が乱雑な感じで切れたが、感触からして乗り気なのは間違いない。
「お久しぶりです」
 喫茶店の入り口に立つ森技官は激務の合間に抜け出してきたとは思えないほど、水も滴る男前という雰囲気なのが何だか悔しい。
「うかがうのを忘れていましたが、魔法のような薬効がある物とは?あ、コーヒーをホットでお願いします」
 メイドっぽい制服を着たウエイトレスさんが森技官を見て頬を赤らめているのも一々ムカつく。
「具体的には自然薯です」
 細工は流々なので自信を持って言い切った。
「自然薯……いわゆる長芋ですか?」
 思いっきり不審そうな表情に変わった。ただ、祐樹が聞いても胡散臭いと思うだろう。
「この論文がエビデンスです」
 スマホの画像を森技官に見せた。
「ほう、日本語に訳せば、『日本産の自然薯は、海外輸入に頼るマカを凌駕する可能性があり、循環器・泌尿器領域に応用できるポテンシャルを秘める』……なるほど。論文のタイトルは、『ヤマイモ抽出物はマカよりも有効に男性生殖機能を改善する』ですか。©Kyoto University……」
 祐樹は内心で快哉を叫んだ。この論文は香川外科での存在感を論文とレポートで発揮している遠藤先生に推敲を頼んだいわゆるでっち上げだ。捏造には若干心が痛んだが、そもそも森技官は最愛の人の手術ミスの画像をでっち上げて呉先生に関係を迫った前科がある。
 遠藤先生には「アメリカの大学のようにエイプリルフール用に一時間だけサイトに掲載し、その後実は嘘でしたと発表すればクールだと思いませんか?そんな遊び心は東大病院にないのでウチの大学病院の株も上がります」と言って仕上げてもらった。遠藤先生は、「©Kagawa University」とミジンコほどの小さな字で書いていた。それも科学者としての矜持だろう。森技官がコンタクトか裸眼かまでは知らないがKという文字を見てあっさりトラップに引っかかってくれた。
「これは厚労省の一員として試してみる価値はありますね。どこの山なのですか?」
 何故厚労省の一員と試すことに因果関係があるのか謎だが、最愛の人と二人で掘るよりも森技官と呉先生が加わってくれたほうがにぎやかになる。
「それが八木さん所有の山なのです。奇跡的な偶然でしょう?もうこれは運命ですよ」
 キッパリはっきり言い切った。
「なるほど。では土曜日に現地集合で。恋人を連れていっても良いのですよね?」
 むしろ呉先生が来ないほうが問題だ。
「もちろんです。四人で掘って、各々が効果を確かめるということにしませんか?」
 わざと意味ありげに口角を上げた。森技官はコーヒーを優雅に嗜みつつ大人の色気を感じる笑みを浮かべている。
「合流場所などは後ほどLINEで送りますね。八木さんには許可を取っていますし、代々山守りをしてくださっている方が目印をつけて下さるそうです」
 森技官はチラリと腕時計を見、コーヒーのカップをスプーンで裁判官のガベルのように叩いた。そろそろタイムアップなのだろう。

 土曜日、作業服姿の最愛の人と、捨てても構わない長袖のシャツにチノパンという格好愛車に乗り、合流地点の「道の駅」に車を停めた。
「祐樹、天気が良いのでコーヒーは外で飲まないか?」
 最愛の人が花のように笑っている。
「そうですね」
 作業着の数の多いポケットから迷う様子もなく缶コーヒーを取り出して手渡してくれた。
「それはそうと、自然薯掘りに成功したら買ったわさびをすりおろして醤油をつけて食べると美味しいだろうな」
 具体的な味を想像するとますます食べたくなってしまう。
「あ!祐樹あの車ではないのか?」
 細く長い指が示す先を見て絶句した。

―――――

予告していた私の誕生日スペシャルです。すみません、長くなってしまいました。後編は本日中にアップします。(時間は未定です)読みに来てくださると嬉しいです。

 こうやまみか拝

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コメント

  1. 教授大好き♡ より:

    みかさん、お誕生日おめでとうございます^_^
    今年も素敵なお話を紡いでくださると嬉しいです(╹◡╹)
    例の皆で誕生日プレゼント贈りました(*´꒳`*)執筆のお供に召し上がって下さい♡
    みかさんが産まれてきてくださったことに感謝です^_^

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