「気分は下剋上 BD・SP」おまけ後編・上

短編
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This entry is part 6 of 9 in the series 下剋上SP

 市販の胃薬がこんなにも高価だとは思ってもいなかったが、そもそも祐樹は風邪一つ引いたことがないので、薬の相場など全く知らない。(高ければ高いほど効果があるのか?)とも思った。しかし、それだと、森技官の偽薬効果、つまり、自然じねんじょはコカよりも、そして場合によってはかのバイアグラよりも効果があると言及した論文のせいで効いたのと同じだ。それは何となく嫌だ。
 祐樹が適当に書いた論文まがいの文書を、遠藤先生がさらにそれらしく整えてくれたため、細部までは覚えていない。ただバイアグラは、医師の処方箋がなければ買えないのに、怪しげなサイトから購入して偽物を掴まされ、健康被害に遭ったというレポートを読んだことがある。呉先生が、睡眠薬もネットで売られていると言っていた。しかし、祐樹が扱うような薬に関してはそうした報告が上がってこない。ということは――需要が高いのだろう。
 需要が高いなどと考えていたら余計に胃が痛くなった。ああ、こんなことなら、あのとき救急救命室に運ばれてきた胃潰瘍の患者を処置したあと、搬送を看護師に任せずに自分も消化器内科へ顔を出し医師と知り合いになっておくべきだった。あの医局なら、今の状況を少しは冷静に分析できただろうに。今考えても後の祭りだ。内科の知り合いはあいにく内田教授しかいない。そこいらの病院だったら心臓も胃も同じ医師が診ることが多いが、あいにく専門性に特化した大学病院なので「心臓のことしか分かりません」と言われるのがオチだ。それは香川外科唯一の内科医の長岡先生でも同様だろう。
「――とりあえず、胃のキリキリと痛む症状を緩和するのに最も強い薬をください」
 今はオフィスタイムだからか、このドラッグストアの胃薬の棚には祐樹しかおらず、高齢のかたたちが湿布だのポリデントなどを買っているからか薬剤師さんは祐樹のそばで佇んでいた。もしかして胃を押さえている祐樹を心配して付き添ってくれているのかもしれないが。
「かしこまりました。では、こちらがお勧めです」
 さして迷うことなく棚からガスター10という薬を取って手渡してくれた。
「税込みで二千二百円になります」
 ……二千二百円と聞いて連想するのは、二十億円もの科研費だった。自然薯がかのバイアグラに勝てると森技官は、本気で思っているのだろうか?いや思っているからこそ知り合いの文科省の官僚を動かしてまでこうして科研費申請をしたのだろう。知り合いというか、弱みを握っている大臣まで動かした可能性もある。
 あんな論文を書きなぐらなければとは思ったが、してしまったからには仕方ない。それよりも、税金が原資の科研費が無駄にしないようにしなければならない。そう思いながら薬をミネラルウオーターで飲んだ。ミントが入っているのか心なしかすっきりしたような気がする。そろそろ医局に戻らないと病棟巡りをして患者さんへのヒアリングが出来なくなる。
 この自然薯論文は、今のところ遠藤先生だけを巻き込んでいる。来年のエイプリルフール近くになったら「病院長が難色を示したのです。『ウチの大学のアカデミックさには相応しくないというのがその理由です。下半身ネタではなく、もっと高尚な研究をでっち上げてください』と言われました」と告げてうやむやにするつもりだった。斎藤病院長は基本的に教授職しか会わないので遠藤先生が裏を取ろうと思っても不可能だ。祐樹の場合は、最愛の人との真の関係を知られているからか、それとも、日本に数人しかいない「国際公開手術の成功術者」であることから、病院長と話す機会が比較的多いのかもしれない。
「お、田中先生、香川…教授がお呼びだぞ」
 医局に戻ると柏木先生が声をかけてきた。最愛の人の名前を聞いて胃の痛みが治まったような気がした。同時に彼が何故祐樹のスマホに直接LINEをしなかったのか?もしかして私的なことではなく、教授職として医局員に何か伝えたかったのではと思いスマホを見たところ、電池が切れていた。祐樹は風邪すら引かないのでキリキリと痛む胃に気を取られすぎたのかもしれないなと自嘲した。
「ありがとうございます。教授執務室ですよね?あれ……教授は、午後の手術では?」
 柏木先生は呆れたような表情で祐樹を見ている。
「教授の手術予定くらいちゃんとチェックしろよ。手術前検査の結果が思わしくなくてリスケになったんだ」
 そういえば二十億円の重圧に押されていてパソコンを起動する余裕がなかった。また、午前中は祐樹も執刀をしており医局にいたら耳に入る情報も遮断されていた。
「すみません。では行ってきます」
 柏木先生は大丈夫かといった表情で見送ってくれた。最愛の人の顔を見るのはどんなときでも嬉しい。嬉しいのだが、しかし、いつものように患者さんからの差し入れの昼食を一緒にというのだけは今はまずい。どう考えても老舗料亭や一流ホテルから運ばれた料理が胃に優しいとは思えない。むしろ逆だ。しかも最愛の人はいつも祐樹のことを見ていてくれて、それはそれで嬉しいのだが職業柄異常に気づく可能性は高い。とにかく彼の前で胃を押さえることだけは絶対にやめようと思いつつエレベーターに乗り込んだ。

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読者様、後編が思いのほか長くなりそうなので二部構成にします。下も読みに来てくださると嬉しいです。

 こうやま みか拝

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