「気分は下剋上 ○○の秋」25

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 25 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「あの大きな岩に触れたら、本当に温かいのかを試してみたくなりました」
 最愛の人は一瞬何かを言いかけたような気がしたが、祐樹の提案に花よりも綺麗な笑みを浮かべ、こちらへと歩みを進めた。お互い生まれたままの姿だったけれども、誰もいないという開放感と、山の神様が守ってくれそうな気がしているのだろう。二人とも変に隠そうとはしていないと祐樹は思った。
「祐樹は『鬼退治アニメ・柱稽古編』を連想したのだろう?」
 口調こそ疑問形だが、最愛の人は確信的な表情を浮かべている。祐樹が頷くと笑みをいっそう紅くし、岩の一歩手前で立ち止まり、一緒に体験したいというように待っていてくれた。
「本当ですね。とても温かいです!」
 祐樹が岩に抱きつくと最愛の人も同じ岩に身体を預けている。
「温かいのはいいのですが、アニメだと『母に抱かれているようだ』と言ったり泣いたりしていましたよね。そこまでは感じないです」
 最愛の人はすんなりと伸びた背中を預けていたが、祐樹の目を淡い青色の眼差しで見つめてきた。その絡み合う視線のほうがよほど熱を感じると思ったのは祐樹だけだろうか?
「あのアニメでは滝の水に打たれるという修行をしただろう?それに川に入るだけで、主人公が『とても冷たい』と言っていた。そういう冷水を浴び続けていたのだから、相対的に体感温度は上がるはずだ」
 最愛の人の理路整然とした説明に納得した。
「なるほど。身体が冷え切っていたら、この程度の熱も心地よく感じるのでしょうね」
 祐樹は、岩に抱き付いた身体を離し、最愛の人の肢体へと傾けた。
「貴方の身体のほうがずっと温かくて、それに滑らかでとても気持ちがいいです。それに、ほのかにいい香りもします」
 川の中で交わす抱擁はまるで神話の世界のようだった。愛の交歓の前菜ではなく、ただ抱きしめたいからそうしているというシンプルな愛情表現に心が震える。
「このまま、愛の行為になだれ込みたくなりますが、楽しみは先のほうがいいですよね?貴方は好きなものを最後に取っておくタイプですし」
 慈しむようなキスを交わして至近距離で見つめ合った。
「祐樹は好きなものを先に食べるだろう?何も、私に合わせなくてもいいと思う」
 祐樹が最愛の人をずっと見つめているように彼も祐樹を見つめ続けてくれているのだと思うと、岩よりも胸が熱くなった。――いや、もしかして今の言葉は、お誘いの言葉なのかとは思ったが、最愛の人の肢体には熱情ではなく、静謐な美しさだけが宿っている。
「私の場合は、油断すると横から取られるリスクがありますからね。特に久米先生は遠慮なく私のお皿からハンバーグ定食ならハンバーグを取っていきます。そういう競争のような食事が続いたせいで、好きなものから食べるようになりました」
 最愛の人は驚いたように川の水よりも清らかな眼差しを祐樹の顔に向けている。久米先生は祐樹にこそ犬のようにじゃれついてくるが、最愛の人の前だと借りてきた猫のようになるので、あまりピンときていないのかもしれない。
「水が冷たくなりましたね。そろそろ黄昏時が近いのでしょうか?シゲさんが教えてくださった温い湯のほうに行きましょう」
 祐樹が手を差し伸べると、最愛の人のしなやかな指が祐樹の指の付け根まで絡まる。愛の交歓も好む彼だが、こういう些細なスキンシップも大好きだ。その証拠に彼は薔薇の妖精のような大輪の笑みを浮かべている。
「一介の医局員の場合、手術前後のシャワー室は共用なので、お互いの裸体などを晒すのは慣れっこになっています。しかし、貴方の場合は教授専用の豪華なシャワー室ですよね?抵抗はなかったのですか?」
 外科医は基本的に体育会系のノリだ。祐樹は大学時代にクラブ活動はしていないが、サークルではなくサッカー部で全国大会に行ったとかいう経歴を持っている医師も珍しくない。彼の場合はアメリカで外科医デビューを果たした。あちらでは執刀医は誰もが個室を与えられていると聞いている。その後教授職として凱旋帰国したので外科の医局のノリは知らないはずなのにと不思議だった。
「この山の開放感と、それに山の神様がきっと守ってくれると思ったからだ。祐樹と二人きりだと思うと、隠すのもなんだか馬鹿らしく思えた。わ!本当に温かいな」
 シゲさんは温いと言っていたが体感的に35度以上はありそうだ。そして多分シゲさんが作ったのか無骨な岩が無造作に円形を形作るように置かれていた。
「私も自然の開放感で何も身につけない方がいいと思ったのです。貴方と同じことを考えていたというのはとても嬉しいです」
 かすかな湯気が川の水面へと流れていく様子もなんだか別世界にいるようだった。または、お湯に身を浸している二人以外を残して人類が滅亡しているかもしれない――そんな取り留めのないことを考えるのは、葉の落ちる音と川のせせらぎだけが聞こえる空間に、二人きりで湯に浸かっているからだろう。
「実は……川の中の岩なのだが、全部が全部、祐樹が『鬼退治アニメ』を見て考えたように、温かくはない」
 最愛の人は肩までお湯に浸かっていて、すんなりと伸びた首や静謐な笑みを浮かべた顔も薄紅色に染まっている。そして普段よりも明るく弾む怜悧な声に祐樹は耳を傾けた。

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