「気分は下剋上 ○○の秋」21

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 21 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「祐樹、皮むきも任して欲しい」 
 最愛の人の端整な顔には焚き火の煙の「すす」がついている。薄紅色に上気した肌に「黒いすす」は似合わないような気がしたが、そんな余計なものがついていても、いや、ついているからこそ新鮮だった。どこか野山で遊び回った子供のような雰囲気をかもしだしている。まるで彼が子どものころに出来なかったことを今している証のように見えて、祐樹はほろ苦く、そして甘い気持ちが胸の中を温かくさせた。
「皮むきですか?私はこのアーミーナイフで半分に切ろうと思っていたのです。貴方だったら、このナイフで皮をむくことは可能だとは思いますが、この手袋をはめているからといって、怪我をしないとは限らないですよね?切ったほうがいいかと思います。万が一、この手に怪我を負わせたら、私はどんなにお詫びをしてもしきれないほどの罪悪感と不甲斐なさで一生後悔するでしょう。だから、せめて切るだけにしてくださいませんか?」
 最愛の人はハッとしたように切れ長の綺麗な目を見開いている。
「祐樹の言うとおりだ。栗拾いに浮かれて本質を見失っていた……。その点は真摯に受け止め、反省する」
 うなだれた彼に祐樹は首に巻いていたタオルを外し、首の周りなど、汗が染み込んでいる部分を避けようと全体を見た。そしてカゴの中に入れていたミネラルウオーターでそのまだ綺麗な場所を濡らした。その濡れタオルで最愛の人の「すす」を拭うと最愛の人は何だか泣きそうな表情になった。
「――確か、小学校三年生のときだったと思う。学校からの帰り道で、保育園か幼稚園かは分からないが、公園の砂場で思いっきり転倒した幼児を見かけたことがあって、そのとき、お母さまが駆け寄って『大丈夫、けがはない?』と言いながら、今で言うママ友から渡された濡れたタオルで、その子の砂まみれの顔を拭いていた。こういうのがお母さんなのかと思わず足を止めて見ていた。祐樹も知っての通り母は寝たきりだったし、体調が良くてもアパートの部屋からは出たらダメだとお医者さんに止められていた。『普通のお母さんというのは、こんなことをしてくれるのだな』と羨ましく思っていた。『母は病気なのだから仕方ない』とも思ったがやはり、心の中に冷たい風が入ったように感じたのを覚えている。――それを今、祐樹がしてくれるとは……」
 嬉しそうな眼差しと、少し寂しそうな口調だった。
「そうだったのですね。私は生物学上女性ではないですが、貴方と生涯一緒に過ごすパートナーの誓いをしましたよね。貴方のお母さまにはなれませんが、一生かけて貴方を守ります。そうだ!指切りげんまんで誓っても良いです」  
 最愛の人に小指を向けた。彼も黒い革の手袋を外して薄紅色に染まった細く長い指を祐樹の小指に絡めてくれた。「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った」そう歌い終わって絡めた指を解いた。最愛の人は薄紅色の唇に花よりも綺麗な笑みを、そして切れ長の瞳には無垢な光を湛えて祐樹を見つめている。
「ありがとう、祐樹。そうだな、過去は変えられないが未来はどのようにでもなるのだな」
 目尻に宿った彼の小さな涙を祐樹は指で拭った。
「そうですよ。それに幸せの総量は決まっているらしいです。貴方は過去に不幸なことが重なったのですから、これからは幸せしか来ないです!」
 アリストテレスの言葉だったと記憶しているが、実は祐樹は信じていない。救急救命室に運ばれ、手を尽くしても亡くなった命があり、その中にはまだ幼いお子さんも含まれていたのだから。しかし、今の彼には真摯に告げることのほうが良いと思った。
「そうだな。私は祐樹とこうして二人でいることが幸せで、それが長く続くことを信じている」
 最愛の人の悲観主義は知っていたので、視線に力を込め唇には確信に満ちた笑みを浮かべた。
「長く続きますよ。パートナーの誓いのときに『死が二人を別つ一緒にいる』と約束しましたよね」
 最愛の人は薄紅色の薔薇のような笑みを浮かべていた。
「そうだな……。それはそうと、焼いた栗を切る程度はしてもいいだろうか?それと、焼いた栗の匂いにつられてイノシシが来るようなことはないだろうか?」
 祐樹はアーミーナイフを最愛の人に手渡した。
「小さな焚き火だと空腹のイノシシが寄ってくるかもしれませんが、この程度の大きさで、しかも煙が多いですよね、この焚き火は。シンプルに木の枝だけを燃やしていた場合、貴方の顔に「すす」はつかなかったはずです。あえてシゲさんが松の枝や湿った葉を焚き火の中に入れておいてくださったのは、イノシシを避ける山の常識なのでしょう」
 最愛の人は澄んだ瞳を見開いていて、その眼差しは無垢な光を放っていた。
「そうなのか?私は全く気づかなかった。だったら、焼き栗を終えたあとも火は残しておくのがいいだろうな」
 最愛の人は楽しそうに栗を切りながら独り言のように呟いていた。そのとき、ガサっという音が聞こえた。

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