「気分は下剋上 ○○の秋」19

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 19 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「いえ、先ほどのよりもイガの開き具合がイマイチですので、これを使いましょう」
 山道に落ちていた枝を拾い強度を確かめた。
「そうなのか?そういえば中の実が見える割合が少ないような気がする」
 最愛の人は熱心な学生のように祐樹を見上げている。
「こうして、枝をイガの中に差し込み、力を加えます。すると、ほら」
 イガが開いて中から茶色く艶めく栗が顔を出した。
「靴で踏んだらさらに開きます。どうぞ」
 祐樹は最愛の人に場所を譲った。最愛の人は思索にふけっているような顔だったが、祐樹の誘いに乗って靴を恐る恐るイガに乗せている。
「このくらいかな……わっ!」
 栗の実が完全に顔を出したのを見た最愛の人が感嘆の声を上げ、そして純金の鈴が転がるような笑い声を立てている。しめじ採りのときは、シゲさんという第三者がいたこともあって、感情を抑えていたようだが、今は広大な山に二人きりで彼も心の構えを解いたようだった。
 そういう最愛の人が愛おしい。彼はいそいそと軍手をはめた指で栗の実を取ってカゴに入れている。
「栗拾いもとても楽しいな。それはそうと、祐樹が棒を使ったイガの開け方を教えてくれただろう?少し考えたのだが、栗の実に枝などの棒を当てないようにしながら、てこの原理を使って開いたほうが効率的ではないかと思った……」
 その言葉を聞いて目からウロコが二三枚とれたような気がした。祐樹もいわゆる理系脳だが、そこまでは考えが至らなかった。
「確かにそのほうが効率的ですし、手の力もかなり軽減されますよね。流石ですね。私は、効率のことなど考えてもいなかった小学校のときのやり方を検証もせずに繰り返していました。その欠点を即座に見抜くとは……」
 祐樹は小さく拍手をした。彼は怜悧で端整な顔にくすぐったそうな表情を浮かべていて、そのギャップに思わず軍手を外して頬を撫でた。その滑らかな感触と、普段よりも少し高い体温が、彼の心の弾みを表しているようでいつまでも触っていたくなる。
「今度は貴方が試してくださいね。向こうにも大きなイガが落ちていますよ」
 指で示すと、彼は不思議そうな表情で祐樹を見上げた。そんなくるくると変わる表情のどれもが心と頭脳に焼き付けられるほど素敵だった。
「祐樹はどうやって草むらの中から緑色のイガを見つけるのだ?」
 ……そういえばそうなのだが、自然に目に入ってくるだけで、言語化は難しい。
「少し違うのかもしれませんが、強いて言えば『引き寄せの法則』に近いかもしれません。あれは『思ったことが現実になる』などが例に挙げられますが……、私の場合栗のイガとはどういうものかを頭の中にイメージしています。すると、草の中でもイガが見つかるようになりますね。貴方ももう二・三個イガを見れば脳にインプットされると思いますよ」
 最愛の人ならあと一個見ただけで見つけられそうだが余計なプレッシャーをかけたくない。これはデートを兼ねた遊びで、仕事ではないのだから。山の中の栗の林の空気を胸いっぱい吸い込むだけで日常のストレスが雲散霧消していくような気がした。
 栗もたくさん拾えそうだが、それはあくまでもおまけ程度で、最愛の人も仕事のことを忘れて精神をリフレッシュしてほしいのが本音だ。彼は拾った栗を使ったモンブランを作るつもりでいるし、この分だとそれは叶いそうだが、祐樹としてはコンビニで売っている剥いた栗の小さな袋くらいで十分だと思っている。もちろん、彼の手作りのモンブランを食べたい。しかし、それが目的というわけではない。彼は祐樹が甘いものをさほど好まないのを知っているので、モンブランの上部の栗のクリームは苦みを残してくれるだろうが。
「そうなのか?頑張って形状を覚えることにする」
 最愛の人もワークマンで買った作業服に袖を通した両手を後ろに回して深呼吸している。きっとこの清澄な空気を胸いっぱいに吸い込んでいるのだろう。
「消毒液の匂いがしない空気というのはとても美味しい。あの匂いは緊張をもたらしてくれるので好きなのだけれども、それでもこの自然の豊かさを包み込む空気は心地よいな。さてと、少し休憩をしたので祐樹が見つけてくれた大きな栗を拾いに行ってくる」
 最愛の人はツバメのように身をひるがえしてついさっき祐樹が指で示した方向へと弾む足取りで近づいている。葉は滑りやすいが、地面が乾いているので大丈夫だろう。祐樹が手渡した枝をイガの内部に差しこみ、見事な指さばきで支点を作っている。
 真剣な眼差しは手術室で見たのと同じなのだけれども、少しだけ日に焼けた薄紅色の顔とほのかな笑みを浮かべる表情は祐樹だけに見せるもので――その落差に目を奪われた。
「祐樹、イガが開いた。あとは靴で踏んで、と。あ!実がすっかり出てきた!」
 祐樹の視線を感じながら実況中継のように話すのは、彼が心の底から楽しんでいるからだろう。そう思うと心の中に香りのいい温かい水が溜まっていくような気がした。

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