「気分は下剋上 ○○の秋」15

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 15 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

 ついさっき祐樹のカゴの中を見て最愛の人が少しだけ笑ったのも、シゲさんの解説を熱心に聞いて、毒のあるきのこだと分かったからに違いない。「山には慣れています」と豪語してきた手前恥ずかしかったが、最愛の人が満開の花のように笑ってくれたのでよしとしよう。
 祐樹のカゴを空にしたシゲさんは最愛の人のカゴを逆さに振っている。それでも折れたり欠けたりしないのは、さすがだった。そのシゲさんが一瞬動作を止めた。
「香川せんせ、これが生えとったんかいな!?」
 シゲさんが驚いたようにシワに縁どられた目を見開いている。
「はい。これはやはり野生の『えのきだけ』でしょうか?一度書物で見ただけなので自信がなかったのですが」
 祐樹も見たが、見慣れた白くてひょろ長いものではなくて、どこが似ているのかも分からなかった。どう見ても野生のきのこの一種で、多分祐樹が見てもスルーしただろう。ただ、祐樹に区別がつくきのこのほうが少ないのも事実だ。自信を持って言えるのは松茸くらいで、それも香りを頼りに特定するという体たらくなのに、最愛の人は、しめじだけではなく野生のえのきだけをも採ってきたのは純粋にすごいと思った。
「今の時期によう生えとったな……ワシも今年は初めて見たわ。初モンは縁起がいいと言うやろ?早速火であぶって食べはったらええ」
 シゲさんは鮮やかな手つきでアルミホイルに包んで、火の近くに置いた石の上に乗せた。祐樹の記憶では江戸時代に初ガツオを有難がったのは江戸に住んでいた庶民だけではないかと思ったが、京都でもそういうものだろうか?
「田中せんせ、よう見とってや。そして、水が出てきたらこれをかけてくれはらへんか?」
 シゲさんが、まるで「鬼退治アニメ」の主人公がアニメの一話か二話で背負っていた竹のカゴから出したのはどこにでも売っている食塩だった。もっとレトロな物を想像していた祐樹だったが、この山の空気やどこか懐かしい火の匂い、そして最愛の人が採ってきたという特別感で実際の味以上に美味しく感じるだろう。
「他のしめじにもかけるのですよね?」
 常識で考えたらそうなのだろうが、詳しい人に聞くに越したことはない。
「そうや」
 シゲさんは最愛の人が採ってきた「しめじ」を見ながら答えた。ちなみに祐樹のときのようにポイ捨てされるきのこはなかった。きっとすべてが本物のしめじなのだろう。
「香川せんせ、筋がええなあ。こないに正確なお人は、なかなかおらへんで」
 シゲさんは孫でも見るような笑顔を向けている。山守りというだけあって日に焼けているので実年齢は定かではないのだが。
「ちなみになのですが、私達は栗拾いに来たのです。この火で栗を焼いてもいいでしょうか?そして焼くコツなどがあれば教えていただけませんか?」
 最愛の人が敬語を使っているのは年長者かつ教えを乞うからだろう。
「構へんで。栗か、それはな、まず栗に穴を開けるんや」
 最愛の人は困ったような表情を浮かべている。
「それは栗の実に含まれる水分が加熱によって気化し、皮の破裂を引き起こすのを防ぐため、という理屈でしょうか?」
 シゲさんはきょとんとした表情だった。
「難しいことはよう知らんけど、そのまま火に入れると爆発するんや。そやさかい、空気の逃げ道を作るのがコツや」
 要するに二人とも同じことを言っているのだろうと祐樹は思った。京都生まれ京都育ちの最愛の人がいつから標準語に近い話し方をしたのかまでは聞いていないが、祐樹よりも京都弁に慣れていることだけは確かだ。何しろ大学までは京都府とはいえ日本海側で育った祐樹でもこの程度の京都弁は分かる。それなのに困ったような表情を浮かべているのは何故なのだろうと思いながら、母がスーパーの特価の日に買ってきたのと同じメーカーの食塩をえのきだけとしめじに振りかけた。
「あ、もしかして穴を開ける道具ですか?だったら持っています」
 祐樹がポケットの中に念のために入れておいた十徳ナイフと父が呼んでいたアーミーナイフを取り出した。
「祐樹、それはとても嬉しい。こういうものがあるのだな」
 最愛の人は祐樹が渡したアーミーナイフを珍しそうに眺めている。やっと毒キノコを多数採ってきた過去を清算できた気がして祐樹も笑みを浮かべた。
「このうちのどれを使えばいいでしょうか?それから、具体的にどうやって穴を開ければよいのかも教えていただけますか?」
 シゲさんは扱いなれているという感じで彼からナイフを受け取った。
「栗の形は分かりはるやろ?それを平たいとこに置いて、左手で固定するんや。キリが滑ったら怪我するさかい、そのピカピカの手袋でも軍手でもかましません。それをはめたらよろし。キリを使って栗の腹に小さく穴を開けたらいいんや」
 最愛の人は怜悧で端整な顔に真剣な表情を浮かべてシゲさんの手つきを見ている。彼の場合、一度でも動作を見たら完璧に再現できるので絶対に爆発はさせないだろう。
「田中せんせ、ちょうどええ頃合いや。これをちょろっと振っといたら、ええ匂いになるで」
 シゲさんが年季の入った竹のカゴから取り出したものを見てなるほどなと思った。
「ちなみになのですが」
 最愛の人はさらに質問を重ねている。何だか日本昔話の世界に紛れ込んだ現代人といった感じだ。

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