「気分は下剋上 ○○の秋」11

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 11 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「白の鉢巻か……。一応干瓢かんぴょうも考えたのだけれども、真っ白にはならなかったので諦めた。他に白くて巻くことが出来る食材はあるだろうか?」
 最愛の人が作ってくれる最高に美味しいお節料理の昆布巻きにも干瓢が使われているが茶色だったような気がする。菊の花を模した卵焼きは爪楊枝で形を整えてあるので手で摘まんで口に入れた。普段よりも塩味が効いているのは山歩きで汗をかくことを想定してくれたに違いない。そういう細かな心配りも愛おしい。
「京都名物の湯葉はどうでしょうか?あれなら柔らかいですよね。純白のものは見たことがないですが、探せばあるような気がします」
 思いついたまま口にした。
「そうだな!今度は湯葉でトライしてみる。白いものと色々考えていて、山芋つまり自然じねんじょを薄く切ったらどうだろうかとも思ったのだけれども、上手く曲がらなかった……」
 そこまで試行錯誤してくれていたのかと思うと胸が熱くなった。彼だって激務をこなしているにも関わらずこんなに美味しいお弁当まで用意してくれている。
「自然薯って土の中で一メートルくらい伸びているのですよね。掘りたてのは格別に美味しいらしいですよ。ワサビと醤油を少量つけてシャキシャキと食べると病みつきになると八木さんに聞きました。この山でも収穫可能だそうです。それに今が収穫期だそうです」
 最愛の人の手作りカニクリームコロッケはとろみとコクがあって本当に美味だ。感謝の笑みを浮かべると彼はお握りをお箸で挟みながら涼やかな目に薄紅色の笑みを宿している。
「そうなのか?それは食べてみたいな。ただ一メートルも掘るのは少し……」
 言葉とは裏腹に期待の光が煌めいているような気がした。
「同じ作業でも遊びだと思えば楽しくなり、労働だと思えば辛くなるらしいですよね。私達二人だと黙々と掘る労働っぽくなるでしょうが、森技官と呉先生を誘ってどちらが早く掘りだせるか競ったらゲーム性が出て楽しいかと思います。それはそうと、このカニクリームコロッケは絶品ですね。何個でも食べられます」
 心からの賛辞を贈ると、最愛の人は、満開の薄紅色の薔薇のような笑みを浮かべ祐樹が使っている紙の皿にコロッケを一つ載せてくれた。
「呉先生はどちらかといえばインドア派だろう?こんな山に来るだろうか……。それに山芋のさっぱりとした味よりも、こってりとした料理のほうが好みだ」
 現実的な指摘は祐樹にとって想定内だ。
「大丈夫です。森技官が京都にいれば説得は出来ると思います。私が森技官を説得すれば、呉先生もきっと来ます」
 彼はお箸を置いて菊の花のような卵焼きに刺した爪楊枝を細く長い指で摘まんでいる。
「そうなのか?具体的には?」
 薄紅色の唇に黄色が映えてとても綺麗だった。
「それは企業秘密です」
 種明かしをしないほうがいいような気がして濁した。
「そうか。それにしても、こういう空気の綺麗な場所で祐樹と食べるお弁当はとても美味しいな。それに何だか解放感で心が弾む。命の洗濯という言葉がぴったりだ」
 彼の満面の笑顔を見ているだけで祐樹は幸せだが、晴れ渡った空に山の稜線がくっきりと見え、その景色の美しさも加わると最高の気分だった。
「そうですね。貴方と来て良かったと思います」
 リンゴのウサギを口に入れて噛むとシャキシャキとした歯ごたえとリンゴの甘さ、そして変色を防ぐために塩水に漬けた名残りの塩分が調和してとても美味だった。その感想を伝えようとしたら、彼が怪訝そうな表情で首の後ろに手を伸ばしている。
「どうしました?虫ですか」
 一応虫よけスプレーを撒いて山に入ったが、万全でなかったのかもしれない。
「いや、何か硬いものが首に当たった、ああ、これだ」
 白く長い指がどんぐり・・・・を持っていた。
「ああ、どんぐりですね」
 彼はまじまじと見、そして祐樹に薄紅色の笑顔を向けた。
「これがあのどんぐりなのか……」
 そういえば彼は心臓病のお母さまが心配で遠足にも行っていなかったなと思うと笑う気にはなれなかった。
「このつやつや感、『鬼退治アニメ』の劇場版第一作で、主人公の同期が夢の中で『親分』として振る舞うために主人公の妹に褒美というか給料みたいな感じで渡していたな。あの場面を見たときにはアニメの演出で実物よりも綺麗に描かれていると思っていたが、本当に綺麗だ……」
 感動の面持ちで語る彼が愛おし過ぎる。
「『鬼退治アニメ』の主人公はさほど裕福でない生活を送っていたので、宝石などは見たこともないでしょうね。着物だって新調せずに縫っていた妹も同様でしょう。だからキラキラのどんぐりは充分な魅力を放っていたと思います。あ、あそこにも落ちていますよ」
 祐樹が指をさすと、最愛の人は軽やかに立ち上がってシートの端まで移動し、どんぐりを拾っている。一応栗拾いという目的で来たものの、こんなに無邪気にどんぐりを拾う彼を見たら、もはや栗はどうでもいいような気もした。ただ、彼は律儀で几帳面な性格なのでモンブランのクリームが作れるくらいの量を拾いたがるだろう。
「どんぐりは栗よりもたくさん落ちているはずなので、栗拾いの道すがら探しましょう。それよりも、お弁当の匂いにつられてイノシシが出てくるほうが問題です」
 気になっていたことを告げることにした。

―――――

いつも読みに来てくださってありがとうございます。お気づきの読者様もいらっしゃるかもしれませんが、私生活が多忙でしばらくブログをお休みしていました。その影響で、作中の時間とリアルの日にちがずれてしまっています。「もう栗拾い出来ないんじゃない?」とツッコミをいただくかもしれませんが、そこは作中の時間としてスルーしていただければ幸いです。

また、今回話題に出た自然薯掘りの話は、誕生日スペシャルとして10月2日に単発で書く予定です。
お読みいただければ嬉しいです。

    こうやまみか拝

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