「気分は下剋上 ○○の秋」10

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 10 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「焼き栗?祐樹と行った花火大会の屋台に『天津あまつ甘栗あまぐり』が売っているのを見た覚えはあるが、りんご飴に気を取られて結局買っていないな」
 きのこの山を弾む指先で摘まんで口に入れた最愛の人の無邪気な笑みを見ながら、「あまつ甘栗」とは何だろうと考えた。
「それは『天津甘栗』ではないですか?小ぶりの栗をそのまま焼いて殻を割って食べるものですよね?」
 歩く知識の宮殿のような人でも間違えることがあるのだと微笑ましく思った。
「え?そう読むのか?『古事記』に天津神と国津神が登場するだろう?」
 「古事記」や「日本書紀」は大学受験の古文では扱われないことになっているため内容はあまり知らない。日本史で書名を習う程度だ。祐樹も片手できのこの山を掴んで口に放り込む。ビスケット部分のサクサク感と、さっぱりしたチョコレートの味が素朴なハーモニーを奏でているようだ。
「それは、天照大神みたいに天上にいた神様が天津神で、大国主命みたいにもともと地上にいた神様が国津神と分類されるという認識で合っていますか?」
 天孫降臨という言葉は大学の一般教養で習ったような気がする。天から降りてきた神様の子孫が天皇家の祖先だという神話もあったなと懐かしく思い出した。
「祐樹の言うとおりだ。『天津甘栗』という漢字を見て、天から落ちてきたように美味しい甘栗なのかと思い込んでいた。天津というのは中国の地名だろうか?」
 最愛の人はアポロチョコの桃色部分と茶色い部分を綺麗に分けて、甘みの少ない茶色部分を祐樹の手のひらに載せてくれた。
「確か、天津港から出荷された栗だから天津甘栗と名付けられたと聞いた覚えがあります」
 最愛の人でも間違うことがあるのだなと思いつつも、天津神と国津神という日本人でもそれほど知られていない単語と結びつけて考えるのが彼らしい。
「屋台と異なって、採った栗を焚火で焼いて食べるのです。さほど美味しくはないですが、一回召し上がってみませんか?」
 最愛の人は朝日に照り映えるような笑みを浮かべて頷いている。
「それは楽しみだな。ただ、焼き栗の分も栗をたくさん採らなくてはならないな」
 何だか使命感に燃えるような口調が逆に可笑しくて、そして愛おしい。
「この辺りで駐車しましょう。この山と、そして隣が八木さん所有だそうです」
 前もってグーグルマップで見てはいたが、実際に来てみると想像していた以上に広く高い山だった。
「そうだな。先にお弁当を食べてカゴの中の荷物を減らさないか?」
 助手席から降りた彼は清涼な空気を胸いっぱいに吸い込んでいるようだった。その満足そうな表情もスマホで撮影したいと思ったが後の祭りだった。
「そうですね。貴方の作ったお弁当はどれも美味しいですから」
 頷いた彼は車に戻って風呂敷に包んだ重箱を抱えて戻ってきた。その間に祐樹はレジャーシートを敷いて念のため石で固定した。
「飲み物はお茶が良いか?それともコーヒー?」
 最愛の人はポットを二つも重箱の上に乗せている。バランスを崩したら大変だが、彼はごくごく平静な表情で危なっかしさは皆無だ。
「食事中はお茶が良いですね。食後は貴方の淹れて下さった世界一美味しいコーヒーを頂きます。京都の街中でも充分すぎるほど美味ですが、この清々しい空気の中ではより一層の味でしょうから」
 彼は器用かつ的確な動きで靴の紐を解いた。慣れない人がすると五分以上かかるのに、一分以内で済ませたのは流石だ。祐樹もなるべく急いで靴を脱いだ。
「いつもながら見事なお弁当ですね。見ているだけで美味しそうです」
 彼が重箱の蓋を薄紅色の指で開けると、思わず声が出た。菊の花に見立てた卵焼きは見事な黄色だ。そしてその横には見事な俵型のコロッケが並んでいる。祐樹がカニクリームコロッケを好きなことを彼も知っているので多分中身はカニクリームだろう。救急救命室の凪の時間にコンビニに行き、レジ横に並んでいたカニクリームコロッケを試しに買ってみたが、中身はクリームというよりミルクのようなサラサラとしていた。だから二度と買っていない。何でも小麦粉とバターを焦げないように注意しながら充分炒めるのがコツだと彼は言っていたが、きっと手間を掛けているのだろうと思うと何だか悪いような気がする。一度謝りがてら褒めたことがあるが、「祐樹が美味しそうに食べてくれるのを見るだけで幸せな気分になるのでむしろ楽しい」と不思議そうな顔をされた。ウインナーで作ったタコは頭の部分に海苔が巻いてあって鉢巻のようだった。その他にも小さく切った焼鮭の紅さや炒めたブロッコリーの緑色がつやつやと光っている。そして祐樹の母が小学生の頃に作ってくれたのと同じリンゴのウサギも何だか可愛らしい。
 二段目のお握りは一口サイズの俵型で、ゴマをまぶしたものや海苔で巻いたもの、そして多分ふりかけの「ゆかり」をご飯に混ぜて握った赤紫と彩りも豊かで食欲をそそる。
「本当に美味しそうですね。作って下さって有難うございます。一応、山に入って栗のイガから頭部を守るためにタオルを用意しましたが、タコさんウインナーの黒い鉢巻ではなくて白いものです。ウインナーが白の鉢巻だともっと笑えるのですが」
 冗談交じりに言ったら、最愛の人が白い花のような笑みを浮かべて薄紅色の唇を開いた。

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