「気分は下剋上 ○○の秋」24

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 24 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

 先ほどはシゲさんを熊だと早とちりして最愛の人にとんだ失態をさらした。情報は多いほうが良いだろうと聞いてみた。
「イノシシはここらにおるで。熊は見かけたことはあらへんな」
 その言葉に安心した。イノシシならまだ何とかなりそうだ。シゲさんが、シメジを採っていた頃と服が変わってい、また、さっぱりした様子なのはきっとその温泉で身体を洗ったに違いない。
「栗を食べたら川に行って汗を流します。シゲさん以外にこの山に入ってくる人はいますか?また、何か気をつけることはありますか?」
 祐樹は念のために聞いてみた。最愛の人はシゲさんが半分に切ってくれた栗をスプーンで取り出し、一口食べて満足そうな笑みを浮かべている。
「山の神さんはな、ぶす・・やそうや。せやさかい、別嬪さんが山へ入って来るのを嫌わはるんや。八木様の山は、ワシ一人で手ぇ入れてるさかいな。せんせたちみたいにシュッとしたはる人やったら、神さんも喜ばはるやろ。まぁ、ゆっくりして行きなはれ」
 最愛の人は薄紅色の指でくすんだ銀色のスプーンを器用に操りながら興味深そうにシゲさんの話を聞いている。祐樹も「いただきます」と言ってスプーンをシゲさんに感謝の意を込めて空中にかざした後、焚き火で焼いた栗を食べてみた。ほんのりとした甘みと香ばしい香りが山の滋味を感じる。この程度の甘さなら何個でも食べられる。
 山の神様が女性で、そして全く美しくないという言い伝えは祐樹も何かで読んだ。そういう言い伝えは日本全国共通なのか祐樹には分からない。祐樹は基本的に無神論者だが、もしこの山の神様がいるのだとしたら、自分の容貌のことを悪く言われて腹が立たないのか気になった。
「ほな、ワシは朝が早いよって、もう寝るわ。焚き火はな、念のため夜回りのときに見とくさかい、気にせんとき。ほな、おやすみなはれ」
 シゲさんはそう言いおいて早足で立ち去った。
「シゲさんにとてもお世話になったので、何かお礼をしなければと思ったが、お金では失礼な気がした。それに何だか、お金を必要な暮らしをしていなさそうで……」
 最愛の人は次々と栗を美味しそうに食べながら祐樹に向かって相談口調で語りかけてくる。
「そうですね。八木さんにお願いして貴方や呉先生が絶賛していた『焼き栗モンブラン』を送ってもらうというのはいかがでしょう?彼が甘党かどうかは分かりませんが、珍しいお菓子なのできっと喜んでくださると思います。それはそうと、焚き火で焼いた栗も香ばしくて絶品です。貴方が作って下さるモンブランも、このくらいのほろ苦さと甘みだと嬉しいです」
 最愛の人は嬉しそうな花のように微笑んだ。
「そうだな。八木さんの家に『これはシゲさんへのお礼です』と言って持っていこう。そして、あれだけ採ったのだから、モンブランの上にかけるには十分だと思う。なるべく早く作るので、楽しみにしておいてほしい。さて、栗も食べ終わったし、川へ行ってみようか?」
 最愛の人は念のためという感じで焚き火に砂を撒いている。祐樹も鎮火を手伝った。
「そうですね。京都のこの辺りに、ぬるめとはいえ温泉が湧いているというのは珍しいですよね。ぜひ浸かって帰らないともったいないです。それにシゲさん以外はその場所を知らないということですから、誰も来ないという点も魅力的です」
 二人してシゲさんが教えてくれた道を下った。背負ったカゴには二人の今日の戦利品を入れている。最愛の人のカゴには、しめじを、そして祐樹のカゴには栗がぎっしりと入っている。
「あそこみたいだな。水がとても綺麗だ。夏なら水遊びをしても気持ちよさそうだな」
 最愛の人が弾んだ声を出している。
「そうですね。イワナとか鮎も釣れそうな川です。水浴びだけでも十分なのに温泉……ああ、この部分は本当に温かいです!」
 手を浸してみると、温めのシャワー程度の水温だった。
「この山には誰もいないそうなので、温泉気分で浸かってみませんか?」
 最愛の人も嬉しそうに頷いて、ワークマンで買った作業着を脱いでいる。彼は通勤のときはスーツ姿だし、マンションに居るときは、祐樹のリクエストした襟ぐりの深いニットを身につけている。だからこそ作業着姿は物凄く新鮮で目を奪われる。
「バスタオルも持ってくればよかったな」
 祐樹も、捨ててもいいような長袖のシャツとスラックスを脱いでいたが、最愛の人の作業着のポケットから駄菓子だけではなくタオルが出てきたのには驚いた。準備のいい最愛の人らしくて思わず微笑んでしまった。
「このあたりの川の水は冷たいですが、汗が流れていって気持ちが良いです。ゆっくり入ってきてください」
 最愛の人は生まれたままの姿になっていて、山の清浄な空気と川のせせらぎの中で見る肢体は最高に格別だった。まるで妖精が水浴びに来たというように神秘的な美しさをまとっている。
「焚き火の熱が解かされるようでいい気持ちだな」
 最愛の人も川の水の冷たさに満足そうな笑みを浮かべていた。
「あれが本当かどうか試してみたかったのです。お付き合い願えませんか?」
 祐樹が優しく視線で促すと、最愛の人は不審そうに綺麗な眉を寄せていた。

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