「気分は下剋上 ○○の秋」23

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 23 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

 そういえば、祐樹の記憶に最も強く残っている熊は、二本足で立ち上がっていた。その熊と人間が戦う場面を見たのだが、そのとき人間のほうが小さく見えたのも確かだ。だから思いきり誤解をしていた。最愛の人が焚き火を楽しそうに見ていたのは、彼が町育ちという理由ではなく、「あ、シゲさんがまた来てくれた」という気持ちしか抱いてなかったからだろう。
「早とちりでしたね。恥ずかしいです」
 最愛の人は焚き火から目を逸らして祐樹の目を見つめてくれた。無垢な煌めきを放つ彼の瞳と祐樹の視線が絡み合った。山の清浄で清々しい空気と、パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火の柔らかな火の香りの中で見つめ合う――それだけで十分すぎるほど幸せだ。
「いつものように、何をしても格好いい祐樹ももちろん愛しているが、そういう人間的な一面を持つ祐樹は、もっと好きだ」
 真摯に告げる彼の愛の告白に、鼓動が跳ねた。
「貴方に相応しい男になろうと努力しているだけです。愛している人の前ではやはりカッコよくありたいと思うのが自然ではないでしょうか?」
 最愛の人は美しい花よりも綺麗に微笑んだ。
「祐樹に相応しい……か。私は祐樹の恋人として本当に相応しいのか、自分でも分からなくなる。正直、それが本音だ……」
 迷子になって途方にくれた子供のような眼差しを祐樹に当てていた。
「相応しいに決まっています。貴方以外の人と付き合う気は皆無です。最初は外見が好みでしたが、付き合ううちに、貴方の内面のほうがはるかに魅力的であることに気づきました。私は無神論者ですが、それでもなお、貴方と一生涯共に過ごせるようにと神に祈っていますよ。それこそ、ほとんど毎日のように」
 最愛の人は天国に咲く花よりも綺麗な笑みを浮かべていたかと思うと、真顔に戻った。祐樹の前でだけはこういう表情をくるくると変えてくれる。それが特権のように思えて、最高の気分だ。
「ちなみに、祐樹は、どんな宗教の、どんな神様に祈っているのだ?」
 冗談かと思って彼の顔をじっくり見たが、どうやら本気のようだった。
「何教……そう言われると困ってしまいます。コーランはさっぱり意味が分からないので、イスラム教ではないのは確かなのですが、ウチは一応仏教徒です。あれ?でも仏壇もありますが、神棚も確かあったような気がします」
 祐樹は実家にいた高校生のときまで家の中のことに興味がなく、学校から帰っても自室に直行するか、台所でごはんを食べ、お風呂に入ってまた自室に戻るという一般的な高校生の生活を送っていた。ただ、一般的でないのが息抜きの雑誌で、こっそり通販で取り寄せた「そっち系」の雑誌を「おかず」にして自慰をしていたことくらいだろう。家の宗教などには微塵も興味はなかったし、父の法事はいつものお坊さんが来ていたことは覚えているが、何宗かまでは知らない。
「法事に母の言う『お寺さん』からお坊さんが来ていたのは覚えていますが、その『お寺さん』の宗派は何かと聞かれると、分からないです」
 正直に自己申告して肩を竦めた。
「今度祐樹のお母さまと話す時に聞いてみる。そして私もその仏様に祈ろうと思う。二人で同じ仏様に願掛けをしたら、きっとご加護があるだろう。――あ!シゲさん、ありがとうございます」
 最愛の人が振り返って明るく話しかけている。
「全部切っといたで」
 割と綺麗なタオルから半分に割った栗が大量に出てきた。そして、スプーンまで持って来てくれたのもシゲさんの心遣いだろう。
「ありがとうございます」
 最愛の人と二人で頭を下げた。
「せんせたち、しめじとか栗とか拾うて、汗かいてへんのやろか?」
 シゲさんは山守りという職業からか日に焼け、そしてシワだらけの顔に素朴な笑みを浮かべていた。
「実は汗だくです」
 先ほど最愛の人の顔についたススを拭ったタオルだって、祐樹の汗がしみ込んでいない箇所を探すのに若干の手間暇をかけた。
「そしたら、ここをな、道なりに下がって三百メートルほど行ったとこに、川があるんやけど、ほんのりと温い水が出ててな」
 最愛の人は綺麗な眉を寄せている。
「この辺りに火山活動をしている山はなかったと記憶しているのですが……?」
 祐樹も同じ認識だった。まあ日本は火山活動が活発なので日本中どこでも掘れば温泉に当たるとは言われている。とはいえ、掘削機などの重機が必要となる場合がほとんどで、シゲさんの言うことが本当ならば、自然に温泉が湧いている非常に珍しいケースだろう。
「難しいことは分からへんけどな。地質学とかいう学問をやってはる大学のせんせが、学生さんを連れて来はって、調査したい言うてはったんや。せやけど、ここは八木様の山やさかい、そっちに許可取らなあかん言うたら、それっきりやったんや。八木様が断らはったんか、詳しいことはよう知らん」
 地質学者が来るということは、あながち間違いでもなさそうだ。最愛の人を見ると、彼は微笑みを浮かべて頷いた。
「ところで、この辺りにはイノシシや熊は出ますか?」

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