「気分は下剋上 ○○の秋」20

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 20 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「祐樹!私も草むらの中に落ちているイガを見分けられるようになった!あれだろう」
 彼の弾む声がし、軍手をはめた指で指し示す方向を見ると、祐樹でも見逃してしまいそうな、緑色の部分が多いイガが落ちていた。あの大きなイガの中には大粒の栗が入っていそうだなと思った。
「そうですね。良く見つけることが出来ましたね。進歩です。そしてあのイガの中の栗は期待できそうです」
 そう告げると彼は薄紅色が差しているのではないかと、錯覚させるような笑い声を立てて、その栗を採るべく弾む足取りで向かっている。
 最愛の人は、病に臥していたお母さまを黙って見守ってきたという成育歴のせいか、それとも本来の性格からなのかは分からないが、喜怒哀楽の情が人よりも平坦だと祐樹は思っている。最愛の人は祐樹が大学生のときにキャンパス内で見かけたらしいが、異性愛者だと単純に思い込んでいて遠くから眺めるだけで一切の接触はなかった。文系学部とは異なって少人数の医学部、しかも同じ専攻の場合、先輩後輩の繋がりもあるのが普通だが、最愛の人は「祐樹に会うと気持ち悪がられるのでは」という恐れから必死に避けていたらしい。祐樹も同性愛者だが、彼はそこまで察する勘のようなものは備わっていない。ゲイバー「グレイス」でも「ノンケに片想いなんて不毛だ」のような会話は日常茶飯事だったし、祐樹が異性愛者だと思い込んでいた彼からすると、祐樹と会って、その恋情が抑えきれずに告白し、「気持ち悪い」と思われ、避けられる――そんな最悪のパターンを想定をしていたと聞いている。もともと彼は悲観論者だ。「神の手」と呼ばれている彼が手術の前に全てのパターンを想定している――特に最悪の事態は何パターンも。
 それはともかく祐樹と付き合って徐々に気持ちを表すことが多くなった。喜怒哀楽の喜・楽は特に。ちなみに怒りの感情は祐樹に対しても病院内の様々なことについても、その感情の発露は見たこともない。ただ、祐樹が過去に付き合った男性は喜怒哀楽の波形が一般に人のものよりもはるかに極端な形を描き、祐樹は「ついていけない」と思ったことも多かった。その点彼の波形は凪のようだと感じる。だからこそ、長く恋愛感情が持続しているのかも知れない。そして、祐樹と二人きりになったときだけ、喜と楽の感情を見せてくれる点も愛おしい。そんなことを思いながらも祐樹も栗を採ってカゴに入れていく。
「そろそろ十分採ったと思いますがどうでしょう?」
 祐樹が背負ったカゴにも四分の一程度入っているし、最愛の人は「これは楽しすぎてクセになる」と弾む声で言いながら、祐樹よりも積極的に拾っていたから半分ほどは溜まっているだろう。
「そうだな……。呉先生の分までモンブランが作れるくらいは拾った!」
 満開の薄紅色の薔薇が水晶の雫を宿したような笑みを浮かべている。
「栗ご飯も作れますか?」
 甘いものにさほど興味のない祐樹としてはそちらのほうがよほど魅力的だ。
「大丈夫。余裕で作ることが出来る量だ。ただ、先ほど採った、しめじのかやくご飯も捨てがたいな」
 秋の太陽は何だか気弱な光を放っているようで、彼の煌めく声のほうが祐樹にとって断然存在感がある。
「両方作って下さると嬉しいです。もちろん私も手伝いますよ」
 彼は薔薇の花が風に揺れるような楽しそうな笑みを浮かべている。
「それでは、さきほどシゲさんがシメジと、そしてえのきだけのホイル焼きを作ってくれた『焚き火エリア』に戻って焼き栗を作りませんか?」
 彼は極上の笑みを浮かべて頷いた。火を起こすことは実は祐樹も得意だ。中学生の頃は自分で作った山の秘密基地で旺盛な食欲を満たすために栗などを焼いて食べたこともある。そして山に入ると何が起こるか分からないので念のためライターも持って来ていた。タバコを暇さえあれば吸っていた研修医時代には、常にタバコの箱とライターはセットで持ち歩いていたが、今は救急救命室で祐樹の手のひらから零れ落ちた命があったときだけ吸っているので、普段のデートでは持っていないが、今日は山で不測の事態に備えて一応持ってきている。
「シゲさんに教わった栗の皮の穴あけは是非、私がしたい」
 祐樹がたき火の準備をしていると最愛の人がとても楽しそうな表情で言ってきた。彼は手を使って何かをするのは大好きと言っていたし、実際祐樹が知る限り最も手先の器用な人だ。
「それは任せますが、栗の皮はよく滑るので、その手袋は外さないでくださいね」
 彼は、軍手は取っているが、羊の革を使った黒い手袋をしている。彼の膝の上にアーミーナイフをそっと置いた。パチパチと爆ぜる火に、最愛の人が穴を開けた栗をまんべんなく置いてしばらく待つ。薪の燃える匂いと栗が発する甘い香りが山の中の新鮮な空気に混じり、幸せの具現のような薫りが辺り一面に立ち込めている。最愛の人はその火と栗、そして祐樹の顔を見ながら幸せ色の花のような笑みを浮かべていた。

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