「気分は下剋上 月見2025」14

月見2025【完】
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This entry is part 14 of 25 in the series お月見 2025

 中秋の名月近くの土日で、お出かけデートではなく、自宅でまったり過ごすときに最愛の人は月見だんごを作ってくれるがだん・・部分は白だった。京都ではそれが当たり前だと思っていたに違いない。そしてこの旅館には関東の人も来るのだろう。とはいえ、関東のお月見だんごが草餅みたいになっているのかまで祐樹は知らない。
「白いほうが、月でウサギが餅をついているという伝説に相応しいですよね。ですから白でお願いします」
 立ち上がって料理を見ると、よくある固形燃料ではなく炭で加熱している。それだけでも料理の味が異なるのだろう。その上には牛肉と松茸が形よく盛り付けられていた。そして、小鉢にちまちまと料理が入っていて、酒の肴になりそうなものばかりなのが嬉しい。
「もう少しお酒も持って来てください」
 ビールでも良かったのだが、祐樹はビールと日本酒のちゃんぽんをした場合のみ頭痛になるので控えることにした。何しろ、この旅館に来た目的は露天風呂での月見、そして愛の交歓なのだから。
「かしこまりました。五合でよろしいですか?それとも一升をご希望ですか?」
 どの料理も美味しそうだし酒の肴になりそうなので、二人で一升は開けられるような気がした。
「一升で大丈夫ですか?」
 最愛の人は紺色の浴衣から花の芯のように伸びた首をかすかに傾げていた。一升は多いと思ったのだろう。まあ、五合でもゆっくり飲めば充分だろう。後は最愛の人の判断に委ねようと思っていると、数秒後、彼は首を縦に振った。
「かしこまりました」
 お辞儀をして仲居さんが出ていくと、最愛の人が湯上りのためにいつもよりも艶やかな薄紅色の唇を開いた。
「月見だんごは白色しかないと思っていたので驚いた。そうか、よもぎを入れる地域もあるのだな」
 祐樹が予想した通りの答えなのが何だか嬉しい。心が本当に通い合っている気がする。最愛の人と料理を挟んで向かい合わせに座った。横を見れば月が眺められる最高のロケーションだった。とはいえ、ここは京都の山間部なので、海のように月の出と共に眺めることは不可能だ。
 肉と松茸の焼ける匂いに炭の独特な香りが調和してものすごく美味しそうだ。他の料理も紅葉や銀杏型に切られていて目も楽しませてくれる。
「そうですね。私も草のだんごがあるとは思っていなかったです。さて、乾杯しましょうか」
 氷を敷き詰めた桶の中に置かれていた銀のちろり・・・を持ち上げ、赤色のギアマンの盃に注いだ。赤いギアマンが日本酒の微かなそよぎに合わせて艶やかな光を放っている。
「日ごろはこんなふうにゆっくりと過ごすことは出来ないですからね。貴方と二人で月が昇って南中するまで眺めるような優雅な時間は、私にとって宝石よりも貴重です」
 最愛の人が祐樹の手から銀色のちろり・・・を受け取り、薄紅色の長い指で持つとそれだけで絵のように美しかった。
「まさに宝石のような時間だな。そういえば、このギアマンはオランダ語でダイヤモンドという意味だ。ガラスの透明さをダイヤモンドでたとえたのだろうな」
 最愛の人は赤いギアマンを空中に掲げ、祐樹の盃と合わせると澄んだ音色が一瞬響いて鈴虫の鳴き声に溶けていった。
「そうなのですか?一つ勉強になりました。そういえば京都でスミソニアン博物館展が開催されたときに二人で行きましたよね。マリー・アントワネットのダイヤモンドだとされている物も展示されていましたが、想像と異なっていたとあの時も二人で言い合いましたね」
 最愛の人は薄紅色の唇によく映えるギアマンを傾けている。花が咲いたようなセピア色の笑みを浮かべながら。
「祐樹が『なんだか角砂糖みたいですね』と言っていたのは、よく覚えている」
 確かにそんな感想を述べた記憶はあった。ダイヤモンドは、祐樹の母が亡き父から貰ったものを母から託されて最愛の人に贈った。ちなみに、そんな指輪を持っていたことすら祐樹は知らなかったが、付き合い始めの頃、祐樹の実家を訪れた際に、祐樹が連れてきた最愛の人を気に入った母が、祐樹を通じて渡してくれたときに見た無垢な煌めきが頭にあったので、それと比較してしまったのは事実だ。
「ダイヤモンドは煌めいていると思い込んでいましたから。貴方が、うちの母から託された指輪を、立て爪から埋め込み式にデザインし直してくださった、プラチナは再利用でしたよね。ああいうものだと思っていたのでついつい言ってしまいました。ただ、マリー・アントワネットの宝石代で軍艦一隻買えるほどだとどこかで読みましたので高価は高価だったのでしょう」
 最愛の人はお箸で肉を挟んで口に入れている。
「ん!とても美味しい。肉汁が口の中で弾けている」
 満面の笑みを肴にしたら一升瓶だって余裕で空けることが出来るような笑みだった。
「研磨術が十八世紀と今では全く異なるらしいので仕方のないことかもしれないな。それに照明の問題もあったような気がする。同じ日に見たホープダイヤモンドは綺麗だった」
 祐樹も松茸を口に入れると香りが鼻へと抜け、歯ごたえも素晴らしかった。
「ああ、呪われたダイヤモンドと呼ばれる、有名な物ですよね」

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