「気分は下剋上 ○○の秋」17

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 17 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

 そこまで親切にしてくれるのは八木「様」に代々仕える家だからだろう。そういう家がまだ残っているのは京都という土地柄なのか、それ以外でも旧家では珍しくないのかまでは祐樹も知らない。天皇家御用達と書かれている有名な「虎屋」という和菓子屋さんや「ノリタケ」などの陶磁器メーカーはあるが、値引きは多少するかもしれないが八木さんの家とシゲさんのような従属関係にはなさそうだ。
「よろしくお願いします」
 素晴らしく美味しいしめじの入ったアルミホイルを石の上に置いて二人そろって頭を下げた。
「流石は国立大学病院のせんせ達やな、ちゃんとしたはる」
 シゲさんは感心したように最愛の人と祐樹を交互に見ている。今は国立ではなく独立行政法人だが、そんな細かいことまで訂正する必要はない。そして、お礼を言うときに物を持つのはマナー違反だと祐樹は母に教えてもらった。最愛の人も礼儀作法の本を読んで知ったらしい。ちなみに救急搬送された患者さんが手を尽くしても亡くなった場合にご家族に対してお辞儀をする時は表情や言葉、そして手の置き方からお辞儀の仕方まで文字通り先輩医師に手取足取り教わった。そのときの態度しだいではご遺族の心情をさらに悪化させかねないということだったが、まさにその通りだと思った。それでなくともご家族の突然の死に取り乱している精神状態なので、平常心なら気にもしないことでも心に傷を負わせる。
「――八木様にワシが場所を伝えたら、『ゴーグルウチ情報』とかいうやつをパスコンで表示がどうのこうの言うとった」
 シゲさんはパソコンに触ったこともないのだろう。山守りの仕事では全く必要ないので、それも当たり前のような気がする。きっとシゲさんが言いたかったのは「Google位置情報」に違いない。その素朴かつ京都弁らしい誤変換が微笑ましい。
「よろしくお願いします。シゲさんのご恩はしっかりと八木さんにお伝えしますね」
 最愛の人が声をかけると、シゲさんは照れたように、首にかけていた煮しめた色のタオルで顔を拭った。
「ほな。初モンのえのきとしめじご馳走さん。せんせたち、焼き栗を作りはるんやろ。そこいらの砂をかけたら火は消える。ま、ワシも夕方ちゃんと確認するさかいそんなに気にせんでええ。さいなら」
 そう言いおくと、シゲさんは驚くほどの速さで歩いていった。
「いい人でしたよね」
 最愛の人も満開の薄紅の薔薇のような笑みで頷き、しめじを食べている。焚火の匂いと、しめじの野趣あふれる香りや焼いた醤油の温かく素朴な匂いが澄んだ空気に漂っていて、空を見上げればイワシ雲の隙間から天国への階段と呼ばれている太陽の光が数筋下りてきている。何だか「秋の幸福」という一枚の絵画みたいだった。もちろん最愛の人が最も大きく描かれるのは言うまでもない。
「何だか、この醤油の香りで焼きおにぎりを思い出しました」
 まだ熱いしめじを食べながらそう告げると最愛の人も大きく頷いた。
「栗拾いではなくて、きのこ採り、しかも焚火つきだと分かっていれば白いお握りを用意したのだけれども」
 生真面目な表情の人に微笑みかけた。
「先ほど貴方の素晴らしいお弁当を頂いたばかりです。しめじはまだこれだけありますから、ホイル焼きにしたときに焼きおにぎりを作ってくだされば嬉しいです。貴方の焼きおにぎりは、みりんが入っていてとても美味しいので、また食べられるのが嬉しいです」
 食べつくした祐樹の採った分はともかく、最愛の人の分がまだまだ残っている。しめじ尽くしはまだまだ続きそうでとても嬉しい。
「予想外の収穫でしたね。さてと、栗を拾いに行って、焼き栗を作りましょうか?」
 シゲさんが選んでくれたしめじは食べ終えたので次に進みたい。
「あ!またどんぐりが落ちている」
 最愛の人がどんぐりにも負けない艶やかで弾む声を出して拾っている。
「栗の林はあちらみたいですね」
 隣を弾んだ足取りで歩む最愛の人は不思議そうな表情で祐樹を見上げている。
「どうしてそんなことが分かるのだ?」
 歩く知識の宮殿のような人でも分からないのだと思うと何だか胸が熱くなった。彼が今までこうした山歩きをしたことがないというのが今更ながら実感し、その失われた子供時代を祐樹と一緒に取り戻したい。
「葉を見れば分かります。ちなみに、子供の頃『すぐに食べられる柿だ』と喜んで登ったら枝が折れて、背中を強打したことがあります。何でも柿の木は脆いので子供の体重でも耐えられないらしいです」
 最愛の人は描いたように整った眉を寄せている。
「そのとき、怪我は大丈夫だったのか?」
 今の祐樹の背中に怪我の痕がないことは最愛の人が一番知っているのだけれども、それでも心配らしい。

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