「気分は下剋上 月見2025」12

月見2025【完】
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This entry is part 12 of 25 in the series お月見 2025

「こういう鯉って買ったら高いのですよね?」
 祐樹が贈ったまだ青い紅葉を嬉しそうに見ていた最愛の人は驚いた表情で祐樹の目を見ている。先ほどまで「詩人」と言われてはいたが、好奇心の赴くままに俗な質問をしてしまい、興をそいだかもしれない。「失言でした」と謝るべきだろうかと思っていると最愛の人は薄紅色の唇を花のように開いた。
「あの日の丸の模様の鯉がいるだろう」
 白く長い指が示す先を見ると、白地に赤い丸という、まさに日の丸を想起させる大きな鯉が悠然と泳いでいた。
「見た限りだと、あの鯉が最も高価だと思う。品評会に出て何らかの賞を取った場合はさらに希少ということで値段も跳ね上がるな」
 最愛の人の該博な知識にはいつも感心する。最愛の人は鯉を飼ったことはないはずなのに値段を知っているのだから。
「品評会で受賞歴がある鯉はどの程度の値段なのですか?」
 紅葉の葉を大切そうに持っている最愛の人に聞いた。
「その場合は最低百万円くらいだな」
 「え?」と思った。祐樹は救急救命室の凪の時間にYouTubeを見て時間を潰すこともあったが、血統書付きのネコが高価だという知識は得た。それでも三十万円程度だったと記憶している。
「そんなに高価なのですか?何だか掬って持って帰りたくなりました――というのは冗談ですが、貴方と時々行く、カウンター割烹のお品書きに『鯉の洗い』がありますよね。ということは食べられるのですよね。百万円の鯉って美味しいのでしょうか?」
 最愛の人は小さな笑い声を立てている。祐樹とのデートのときに彼は笑みを浮かべることは多いけれども笑い声を出すことは少ない。彼の純銀を振るような笑い声を聞くと、祐樹の心も共鳴するように銀の鈴が揺れるような気がする。
「食べた人によると、かなり不味いらしい。もう二度と食べたくないと思ったそうだ」
 会社名はあいにく忘れたが、寿司チェーン店の名物社長が大金を使ってマグロの競りで最も高価なものを落札し、店舗で提供したととネットニュースで読んだことがある。しかし、マグロと鯉は異なるらしい。
「そうなのですか。二人でよく行くあの店で『鯉の洗い』がメニューにありますよね?あれは色のついていない鯉なのですか?」
 今の京都で最も美味しいと言われ多くの食通を唸らせた店なので、最愛の人が教えてくれた不味い鯉は出さないだろう。
「この池ではどうだか分からないが、ほら、あそこにいる黒い鯉などは食用にもなるな。ただし、水が綺麗で、水底に泥が溜まっていないという大前提がつくのだけれども」
 最愛の人はもしかして祐樹が食べたいと言ったときに備えて予防線を張っているのか、それとも泥の臭いのついた鯉は食用に向かないと教えてくれているのか分からない。彼の性格からして後者だと思うが。
「あ、祐樹、あそこにススキが生えている。まだまだ銀色にはなっていないが、青っぽいススキも綺麗だ……」
 風にそよぐススキを見ていると心が綺麗になるような気がした。
「河川敷などに群生して、銀色にたなびくススキも綺麗ですが、この庭園にひと群れだけそよ風に揺れている姿も、秋らしい風情ですね。夏の花は華麗で自己主張が強いですよね。それに比べて秋の花は繊細な美しさです。あそこの東屋に座ってススキがたなびくさまを眺めませんか?」
 最愛の人は秋の花よりも精緻で繊細な笑みを浮かべて頷いた。
「鈴虫の音が聞こえるな。こうして祐樹とススキを眺めながら、鈴虫やコオロギの鳴き声を聞いていると『命の洗濯』とはまさにこのことだと思える」
 東屋に並んで座って特に会話もせず黙っているだけで秋の澄んだ空気に心も身体も洗われるようだった。
「――そういえば夕食は五時に運んでくれるようですよ」
 ぽつりと祐樹が告げると最愛の人は何かを考えているようだった。
「そうなのか……。先ほど私が折り紙をしたテーブルで食べるのもいいが、出来るなら広縁ひろえんのテーブルで食べたいな」
 最愛の人が言っているのは、洋風に言うとベランダのような場所だろう。祐樹としては彼が望むならどこで食べてもいい。
「秋の風を感じながら、ですか?それはいいですね。京都でも、この季節が最も過ごしやすいですから」
 最愛の人は切れ長の目を細めてススキと祐樹を交互に見ながら薄紅色の唇を花のように開いた。
「それもあるけれども、この季節に月が出るのは四時半ごろなのだ。秋の月も綺麗だろう?ゆっくりと食事とお酒を楽しみながら祐樹とお月見をしたい。太陽のような派手さはないが、それも秋には相応しい静謐な輝きだろうし」
 なるほどと思った。
「食事のときは月が徐々に上るのを眺め、露天風呂で月見酒を楽しみながら南中した月を見る――それこそ最高に贅沢な時間ですね。お土産を買いに行ったときに仲居さんに会いまして、月見酒の銘柄を聞かれました。貴方もご存知のように、私は日本酒もワインも分かりませんので、甘口ですっと飲めるものをと頼みました。こういうときに銘柄がすっと言えるほうがいいのでしょうけれども……」
 最愛の人は、ゆるりと首をを振っている。

―――――

今日は中秋の名月なのでここまでは書きたいと頑張りました。楽しんでいただけると嬉しいです。

 こうやま みか拝

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