「この辺りに自然薯もありますよね?それを近日中に掘りに来たいのです。もちろん、八木さんの許可は取ります。私達ではどこに埋まっているのか分かりません。シゲさんが目印をつけて下さることは可能でしょうか?」
祐樹はシゲさんから受け取った、これもまた祐樹の母が特価の日に買っていた醤油一リットルのボトルを細心の注意を払って、えのきだけやしめじにかけた。救急救命室の休憩室には誰かがコンビニで買ってきたさらに小さいボトルが置いてある。それだと、大量に出ることはないが、料理用に使う大瓶だと注意が必要だ。きのこが主役のはずなのに、醤油の海で泳ぐ羽目になるなんて最悪だ。
ジュっという音を立てたアルミホイルから、醤油の焼ける香ばしい匂いと、しめじの豊かな匂いが漂ってくる。
「ええで。何本ほど掘るんや?」
シゲさんが頼もしく請け合ってくれた。最愛の人は頭を下げている。
「二本です。出来れば近い場所に埋まっている物をお教えください」
確かに森技官と呉先生が合流を承諾した場合、四人でわいわい言いながら掘ったほうが楽しいだろう。
「分かった。任せとき。おお、田中せんせ、いい塩梅に焼けとるわ。さ、食べなはれ」
シゲさんは山歩きで日に焼けた顔に笑顔を浮かべている。
「本当ですね。とても美味しそうです。ゆ…田中先生、ありがとう。シゲさんもぜひ初物のえのきだけを味わってください」
最愛の人は軍手をはめた手でアルミホイルを火の近くの熱い石の上から取って祐樹のアーミーナイフを右手で構えている。そして、えのきだけを縦に三等分に器用に切り分けた。
「ほお、きのこを見る目もすごいもんやと感心しとったんやが、手つきもまるで料亭の料理人やな」
シゲさんがほとほと感心したという表情を浮かべている。
「一応、外科医の端くれなのですので」
最愛の人が謙遜している。彼が端くれならば、祐樹などはせいぜい外科医の「皮の端っこ」かもしれない。
「さあ、召し上がってください」
最愛の人はアルミホイルごと三つに切り分けて祐樹とシゲさんに渡してくれた。祐樹も指に火傷を負うことだけは避けたかったので、急いで軍手をはめて受け取った。
焼けた醤油の匂いと共にまるで炭火で焼いた魚の皮のような香りが鼻腔をくすぐる。野生のえのきだけはこんな香りなのかと驚いた。最愛の人が作ってくれる、食品売り場で買った白いえのきだけとは全く異なっている。
「貴方も熱々のうちに召し上がってくださいね」
最愛の人は、しめじを食べるのに適した形に切り分けていた。その鮮やかな手つきに見惚れた。
「もうすぐ終わるので」
たしかに、祐樹が採ったしめじは、全体の二割ほどで、あとは毒のあるきのこだった。最愛の人の採った分は100%しめじという差が少し恥ずかしいが、きのこを焦がさずに焼いた実績で相殺してもらえたらと思ってしまう。ただ、最愛の人はそんな些細なことはこだわらないような気がする。
「わ!本当に美味しいです。シャキッとした歯ごたえと、噛むほどに出る野生の出汁といった野趣を感じます」
シゲさんも笑みを浮かべながら味わっていた。最愛の人も薄紅色の唇を開けて口の中に入れている。
「山の秋そのものを味わっているようですね。とても美味しくて頬が落ちそうです」
森技官や呉先生とバーベキューをする機会もあるが、そのときは肉が主役で椎茸などは脇役にすぎないと思っていた祐樹だが、えのきだけは十分主役になれる味だった。山の清々しい空気と焚火の薫り、そして塩と醤油だけの味付けで食べるえのきだけがこんなに幸福を味わわせてくれるとは思ってもいなかった。
「初モンを食うと縁起がええだけとちゃうねん。その後の一年、幸せに暮らせるんやで。少なくともここいらではそう言うなあ」
シゲさんは嬉しいことを言ってくれた。祐樹は最愛の人と一緒に暮らせれば十分幸せだが、何だかお墨付きをもらったような気がして、最愛の人と笑みを含んだ視線を絡ませた。
「しめじも美味しいです。旨さが舌全体を包み込む感じですね」
祐樹が感想を述べた。最愛の人もしめじを口に入れて幸せそうな表情を浮かべている。
「山の滋味をそのまま食べているようだな。『香り松茸、味しめじ』と昔から言われているが、舌で実感した気分だ」
シゲさんも美味しそうに食べながら最愛の人が採った分をアルミホイルに包んで火のそばの石に置いている。
「お土産に持って帰りはるんやろ?鍋に入れても旨いんやで。かやくご飯なんかもええな」
最愛の人は熱心に頷いている。きっとシゲさんが挙げた料理を全部作ろうと思っているのだろう。
「今焼いているしめじ以外は家に持ち帰って『しめじパーティ』をします」
祐樹はこんなに美味しいとは思ってもいなかったが、当分しめじを食べることができそうなのも、とても嬉しい。最愛の人が言う「しめじパーティ」に何人呼ぶかまでは突っ込めない。何しろシゲさんには二人が一緒に暮らしていることを言っていない。ただ、こんなに美味しいしめじは二人で笑い合って食べたいなと思ってしまう。
「ほな、長芋掘りの日が決まったら教えてな。ちゃんと杭を打っとくさかい」
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この話の後日談(森技官&呉先生を交えた「自然薯掘り」)はこちら →

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