「気分は下剋上 月見2025」11

月見2025【完】
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This entry is part 11 of 25 in the series お月見 2025

「このお菓子が売っていた土産物コーナーは旅館にありがちなフロント近くではなくて、奥まったところにありました」
 小さな箱を最愛の人に渡し、祐樹は、最愛の人が折ってくれた精緻な紅葉の折り紙をそっと手の上に載せて眺めた。見れば見るほどよく出来ていて笑顔になっていく。そんな祐樹を、息を詰めて見ていた彼も、祐樹の笑顔を確認し、真っ赤な紅葉に朝露が宿って煌めいているような笑みを浮かべた。
「そうなのか?確かにフロント近くにはなかったな。この旅館も祐樹と行ったペニンシュラ香港のように、土産物店が別なのだろう。あそこのアフタヌーンティーはとても美味だったし、普通のホテルだと客に見せる演奏者は全て隠されていて音楽だけが流れてくる仕組みだっただろう?そういう商売っけのなさは、逆に好感度を上げるな」
 最愛の人は祐樹が渡した「銘菓 露の音」と書いた箱を花束のように大切そうに持っている。最愛の人も祐樹と同じような感想を抱いたらしい。
「この紅葉の折り紙も私の宝物にします。生涯でどれだけの宝物が貯まるかを考えたら、心が浮き立つ気持ちになります。ありがとうございました」
 祐樹が頭を下げると、最愛の人は秋の花のような繊細な笑みを浮かべてくれた。
「祐樹が気に入ってくれて何よりだ。そうだな、たくさんの場所に二人で行って、そこで色々と想い出を作ってその記念にこういう品を作るのもいいな。私も祐樹がくれた物は宝物だ」
 最愛の人の記念の品には、あのまだ青い紅葉の葉がふさわしいのではないか。
「お土産コーナーに行く途中に見たのですが、庭に池があって見事な錦鯉が泳いでいました。その池にまだ青い紅葉なのですが、それが散っていて、何だか赤ん坊の手のような可愛さを感じました。その葉を取りに行きませんか?夕食が運ばれてくるのは五時だそうです。その前に散歩がてら庭園に行きましょう」
 最愛の人は薄紅色の花のような笑みを浮かべて頷いた。
「それは楽しみだ。この旅館では『そら薫物だきもの』としてお香を使っているだろう?」
 確かに建物全体にお香のいい香りがしたが、香炉などは見かけなかった。客が来たり散策したりする時間ではなく寝静まった時間にでもお香を焚いて残り香を楽しんでもらおうという趣向らしい。もちろんそちらのほうが手間もお金もかかるのは言うまでもない。
「そうですね。この部屋はもちろんですが、先ほど通った廊下にも香炉を全く見なかったです。そういう細かな配慮が行き届いているここの庭園もきっと見事でしょうね」
 以前の祐樹は香炉などが置いてあったとしても目に入らなかった。しかし、国際公開手術で知り合った医師や看護師が日本文化について聞いてくるメールを送信するうちに細部にも目が届くようになったのも事実だ。
「秋の気配が徐々に深くなっているけれども、まだ夏が負けまいと頑張っているような庭園だな……。そういうふうに庭師さんが丹精こめて作っているのだろう」
 祐樹の横をゆっくり歩く最愛の人の健康的に薄紅を帯びた笑みが緑に映えてとても綺麗だった。
「浴衣姿でそぞろ歩きもいいですが、着替える前にこうして散策するのもまた違った旅情を感じますね。城崎温泉の外湯巡りは、各旅館で用意している色とりどりの浴衣を観光客が着て歩くので、温泉街に来たという実感が味わえますよ」
 最愛の人が城崎温泉に行ったことがないのは知っている。彼からも聞いたし、大学時代に同級生だった柏木先生が誘って「救急救命室のボランティアで忙しい」と断ったということを柏木先生本人からも聞いている。ただ、その旅行は大学生らしく安さで選んだと聞いていて、デザートの果物はミカン一つで、何だか興ざめだったらしい。旅館の代金には料理も含まれているので、安いプランだと食材も限られるのが厳しい現実だ。
「城崎温泉か。祐樹となら行ってみたいな」
 弾んだ笑みを祐樹へと向けてくれた。
「そうですね。外湯めぐりも楽しいかと思います。旅行プランを練りますね」
 見事に剪定された松の木に薄い青の紅葉が宿っていて、色のコントラストも見事だった。
「真っ赤な紅葉もいいが、こうして青さを残そうと頑張っているような葉も何だか好ましい……」
 最愛の人も祐樹の視線の先にある紅葉の葉を見ている。
「そうですね。この葉は、赤ん坊の手というよりも、妖精の羽根に似ています」
 最愛の人は祐樹に薄紅色の笑みを向けている。
「祐樹は詩人だな。私にはそういう表現は思いつかない」
 感心したような眼差しが心地いい。
「詩人ですか……?単に思ったことを言っただけなのですけれど」
 松の木に宿っていた紅葉を取って最愛の人に手渡すことにした。
「妖精の羽根を貴方に捧げます」
 彼は紅い薔薇の花びらをミルクに浸したような笑みを浮かべて祐樹の手から大切そうに受け取った。
「ありがとう、祐樹。これは私の宝物にする。ああ、本当だ。池にあんなにたくさんの錦鯉が泳いでいる」
 玉砂利の上を少しだけ弾んだ足取りで歩む最愛の人の後に続いた。

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