「この山の中で、しめじが食べられるのですか?」
栗拾いがこのデートの目的だったが、栗に毒はないので、シゲさんがいるうちに、きのこを見分けてもらって食べるほうが優先順位も高いような気がした。
「すみません。まだ食べていいしめじと、毒のあるきのこの区別がつかないのです……」
祐樹の告白にシゲさんは事もなげに笑っていた。
「わしが見分けるさかい、気にせずに採って来なはれ」
最愛の人は、無邪気で無垢な光を宿した目と花をくわえたような笑みを浮かべている。栗拾いもとても楽しみだと言っていた彼は、きのこ採りも同様なのだろう。祐樹もポケットから軍手を取り出して手にはめた。最愛の人ほどではないが祐樹だって外科医の端くれなので手を怪我するわけにはいかない。
最愛の人も黒い羊の革の手袋の上から軍手を着用している。ワークマンで買った作業着と老舗高級ブランドの手袋というのは何だか両極端のような気がするがあの黒い手袋は彼を怪我から守ってくれる「実用品」に違いない。
「貴方はこちらのエリアを探してください。私は右側を探します」
一緒に探すのも楽しそうだが、シゲさんだって山守りの仕事があるだろうから効率重視で行こう。
「分かった。なるべく丁寧にカゴに入れて、綺麗なしめじを食べたいな」
二人とも栗を拾ったら入れようと思っていたカゴを背負っている。乱雑に入れたら最愛の人の言うとおりどこかが欠けたり折れたりしそうだ。
「あった!」
最愛の人の声が薄紅色の笑みを含んでいる。それに普段のデートのときよりも声が弾んでいるのは、しめじ採りという彼には初めての行動だからだろう。祐樹は、つくしやわらびなどを山で採って帰ったら母がお小遣いをくれたので、さほど珍しい体験ではない。ただ、小学生の浅知恵で、たくさん採って帰れば小遣いも比例すると思って、山のようにつくしを持って帰ったら「あのね、ヘタを取る手間を考えなさい」と母に頭をコツンと叩かれ、支給されるはずだった小遣いの額まで減らされた過去があったなと思い出した。つくしやわらびは子供の頃は美味しいとも思えなかったが、最愛の人とたまに行く京都で一番美味しいと評判のカウンター割烹で食べると独特の味がクセになりそうだった。そして、つくしは小鉢に数本入っているだけで、母が怒ったのも無理はないと今になって思った。
多分これがしめじだろうと思えるきのこを丁寧に背負ったカゴに入れていく。これが松茸だったら時価を考えてもっと頑張るが、しめじではモチベーションがどうしても下がってしまうものの、探して採る作業自体は子供の頃を思い出して楽しかった。
木が燃える匂いが漂ってきてギョッとした。火の元と思しき方向を見るとシゲさんがいて、焚火をしているようだった。きっと、しめじを焼く準備をしてくれているのだろう。そして何かが光を反射している。よくよく見るとアルミホイルらしかった。
最愛の人もえのきだけをホイル焼きにしてくれる。塩を振ってレモン汁をかけたシンプルな料理法だがものすごく美味しい。そういえば最愛の人が「これは暗所栽培で人工的に作ったものなので、野生のえのきは形も色も異なるし、もっと美味しい」と言っていた。そのときは「そうなのですか」と流したが、もっと詳しく聞いておくべきだったなと思った。
「おーい!もうええやろ。火もよう燃えとるし戻って来なはれ!」
シゲさんの声がこだまして聞こえた。そのこだまで山の中にいる実感が増す。祐樹のカゴには二人――いやシゲさんを入れたら三人で食べるには十分すぎるほどの量が入っている。足元に気をつけてシゲさんの元へと急いだ。
「祐樹、採れたか?」
途中の道で最愛の人と合流した。
「まあまあですね。貴方はいかがでした?」
聞かなくても彼の薄紅色に弾んだ瞳で収穫がうまくいったことは分かる。彼は祐樹のカゴを覗き込んでさらに可笑し気な声を出して笑っている。何がそんなに可笑しいのか聞こうとしたら、シゲさんが迎えに来てくれたらしく、すさまじい速さで近づいてくる。ご高齢とはいえ、毎日山に入っているので足腰も丈夫なのだろう。祐樹もあのくらいの速さで歩けるが、それは病院の廊下やアスファルトの上だけだ。こんな山道では転倒してカゴに入ったしめじを頭に散乱させる羽目になりそうだ。最愛の人は笑ってくれるだろうが、祐樹としてはお笑い芸人のコントみたいにはなりたくない。
「おお、よう採れたな。上出来や」
最愛の人のカゴの中には祐樹の半分の量しか入っていないにも関わらず大収穫らしい。だったら、祐樹はもっと褒められるだろうとカゴを差し出した。するとシゲさんも最愛の人も笑っている。何故だろうと思っていると、シゲさんが祐樹のカゴを逆さに振った。きのこが折れるかと思ってハラハラしたが、さすがは山守りをしている人だけに形は保たれている。
「田中せんせ、これはクサウラベニタケや。よう似とるが食べたら吐いたり下痢ったりすんねん」
シゲさんがポイポイっと捨てていく。しかも八割近くがクサウラベニタケだったらしく、残ったのはほんの少数だった。
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