「気分は下剋上 ○○の秋」13

◯◯の秋 2025【完】
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This entry is part 13 of 27 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「八木様のために先祖代々山を守ってる、八木と言います」
 ご年配の男性は年季の入った帽子を脱いで挨拶してくれた。
「初めまして。京都大学付属病院の香川と申します」
 最愛の人は怜悧な口調とほのかな笑みで自己紹介をしている。
「初めまして。同じく田中です。ちなみに同じ苗字なのはご親戚か何かですか?」
 呉先生のご近所に住む八木さん所有の山ということは本家とか宗家なのだろう。様をつけて呼んでいるし。すると彼はとんでもないといった感じで手を振っている。
「もともと、苗字なんて立派なものは持っておらんかったんですわ。それが、誰もが苗字を持つようにというお達しが薩長から来ましてな。八木様にお伺いを立てたら、『八木でええやろ』とおっしゃってくださって、それからは八木を名乗っとります」
 最愛の人は切れ長の目を驚いたように開いている。祐樹も何だか日本の歴史の生き証人に会ったような気がした。薩長とは薩摩藩と長州藩のことなのは日本史で習った。明治政府と呼ばずに薩長と言ったのは京都の一部の人間の中に「天皇はんを東京に連れていってしもうて、ほんまにおいたわしいことやな。薩長の田舎もんが偉そうに」と思ったり言ったりするからだろう。祐樹は大学時代から京都市に住んでいるが、京都の人が「前の戦争」と言う場合、第二次世界大戦ではなく、応仁の乱を指すことが多い。高校のときに日本史の教師が言っていて、冗談だと思っていたら本当だったと大学のときに気付いてカルチャーショックを受けた。その時と同様の気分だった。祐樹個人の意見としては、応仁の乱はともかく天皇陛下は象徴として首都である東京に住むのが妥当だと考えている。
「八木さん……いや混乱しますね。私たちは先に京都市内に住む八木さんとお知り合いになったものですから、貴方のことは何とお呼びすればいいのでしょうか?」
 盆栽好きの好々爺といった八木さんがそんな名士だとは知らなかった。
「シゲさんとお呼びくだされ。皆そう呼んでるのでな」
 シゲは茂などの名前のあだ名のようなものだろう。
「ではシゲさん。八木さん八木家はもともとこの辺りにお屋敷を構えていらっしゃったのですか?」
 歴史の知識ではなくて生きた歴史を知りたく思った。
「そうやなあ。屋敷というか、小さな城みたいだったと死んだ爺さんが言っておった。たまたま道に迷ったご先祖さまが八木様のお城の正面に出くわして『なんでこのお城には門番がおらんのやろ?』と思ったと代々言い伝えられている」
 八木さんのご先祖がそこまですごいとは思ってもいなかった。
「八木様から先生達はきのこに興味がおありだから、食べてもいいきのこを教えてやって欲しいと電話で言われたんで、ちょいと見にきた」
 電話……祐樹の独断と偏見だが、その電話は昭和の高度経済成長期のドラマなどに出てくる黒くて大きいもののような気がする。
「きのこは形などがよく似ていても食べたらダメなものもありますよね。教えてくだされば嬉しいです」
 最愛の人は怜悧な瞳を煌めかせている。
「ちなみになのですが、この辺りで松茸は生えていないですよね?」
 シゲさんの登場によって、あわよくばという気持ちが再燃した。最愛の人は可笑しそうな笑みの光を湛えた瞳で祐樹を見ている。
「あの山は赤松が多いんやけど、今年はさっぱり生えてへんのや。先生たちがお望みなら、豊作の年は知らせたらええんやろか?」
 思いも寄らない申し出に内心小躍りした。
「是非お願いします。連絡先は……」
 慌ててポケットを探るが名刺入れは持ってきていないし、メモも筆記用具もなかった。そんな祐樹を見かねたのか、最愛の人は、作業服の内ポケットから魔法のように名刺入れを取り出し、シゲさんに一枚手渡している。
「え?医学部の教授……。そんな偉いお人やったんか」
 シゲさんは文字通り飛び上がった。毎日山に入っているからか足腰は頑丈なようで危なげがなかったことは良かったが。
「病院の番号ではなく、その下の……090から始まる番号にかけてください。何年先でも、お待ちしています」
 「スマホまたは携帯にかけてください」と彼が言わず、090からと具体的な数列を出したのは最愛の人もシゲさんの家の電話が黒いダイヤル式の電話だと推測したのかもしれない。シゲさんはこの近くに住んでいる感じだが、先ほど何気なくスマホを見たら電波が一本しか立っていなかった。何かで読んだが、一本だとほぼ圏外に近く、通話が途中で切れることを念頭に入れて会話したほうがいいとのことだった。だからシゲさんの家がこの辺りだとすれば携帯を契約していたらお金の無駄のような気がする。
「このきのこは、しめじに似ているが、カサが上向きになっとる。こっちがしめじや、違い、分かりますかの?」
 シゲさんの説明を最愛の人は熱心に聞き、真剣な眼差しで両方のきのこを見比べている。
「本当ですね。ではこれは食べては駄目なきのこですか?」
 最愛の人は近くに生えていたしめじに似たものを指さしている。
「流石はお医者様だ。すぐにコツを掴みなさった!」
 シゲさんは白い歯を見せて笑っている。
「じゃ、ちょっくらしめじを集めるとしよう。採ってすぐに食べると旨いのでな」
 最愛の人の瞳は透き通った薄紅色の光を放っていた。

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