「気分は下剋上 BD・SP」後編

短編
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This entry is part 3 of 9 in the series 下剋上SP

 祐樹の愛車の後部座席は狭い。もともとこの車を買ったときには最愛の人しか乗せる積りはなかったので当然なのだが。華奢な身体の呉先生はともかく、森技官には窮屈だろうと思ってミラーを見ると案外穏やかな表情で身体をシートに預けて振動に身をゆだねている。よほど自分の運転に懲りたのだろうか?
「一応、薬を飲んだほうがいいですよ。貴方だってここに栗拾いに来たとき、山道で気分が悪いとおっしゃっていましたよね?」
 助手席の彼は怪訝そうに花の芯のような首を傾げていたが、祐樹がそっと作業着に包まれた脚に手を置いて意味ありげな視線を彼に送ると、祐樹の意図を正確に把握したようだった。何だか共犯者めいた眼差しで祐樹と視線を絡ませた。
「そうです。道路が舗装されていないので、揺れが激しくて、少し気分が悪くなりました。念のために私も薬を飲もうと思っています。森技官も備えあれば患いなしですよ」
 彼はこれ見よがしにカプセルを取り出して手のひらに置き、口元に持っていってエビアンを飲んだ。後部座席の狭い視界からは断片的にしか見えないという判断だろうが、運転席でハンドルを握っている祐樹には手のひらに白いカプセルがまるで真珠のように宿り続けているのが分かった。
「そうですね。あくまで念のために飲んでおきます」
 強がっているが、内心の安堵が透けてみえる森技官の口調に笑いをこらえた。呉先生の車酔いを知らなかったわけではなくて、森技官も嘔吐感や悪心おしんとひそかに戦っていて、恋人のことにまで気が回らなかったに違いない。森技官が薬を嚥下したのを確かめた。祐樹の愛車の中に吐瀉物を吐き散らされるのだけは絶対に嫌だ。
「ああ、ここですね。ほら目印の杭が立っています」
 八木さんの山を代々守ってきた年配の男性が書いたと思しき「呉様」という文字とその二メートル先には「香川教授様」という金釘流の文字が見えた。教授に様をつけるのは正式には間違っているが、教授=とても偉いお医者さんという認識でついつい書いてしまったのだろう。
「ここにお宝が眠っているのですね!よし、ガンガン掘りましょう」
 森技官は車酔いよりも、バイアグラに勝り、しかも心臓に負担をかけない精力剤に気持ちが完全にシフトしている。
「お宝……?」
 森技官参加の詳しい経緯を知らない最愛の人が小さく呟いている。
「オレは、一緒に行くとは言ったけど掘るとは一言も口に出してない。応援係でいいか?ただ、どちらの応援かは実際の行動を見て決める」
 呉先生は雪の中に咲くスミレのような峻烈さで言い切った。正直呉先生はアウトドア派でもないし、四人の中では体力的にも劣っているので見物に回るというのが正解だろう。
「分かりました!香川教授・田中先生ペアなんて私の一馬力で充分撃破可能なので、私の雄姿を見守っていてください。必ずあなたのために掘ってみせます!」
 心臓外科医の体力を舐めているなとは思ったが口にせず結果で思い知らせよう。山守りのご老人が用意してくれたスコップを手に取って地面を掘った。しばらく掘り進めた最愛の人は軍手の下にはめた愛用の羊の革の手袋だけで土を触っている。
「祐樹、この辺りにあると思う。慎重に掘り進めよう」
 彼は小さなスコップを繊細な動きで掘っている。
「うわっ!思いきり折ってるぞ!教授たちのように注意深く掘ったらどうだ?」
 呉先生が恋人にヤジを飛ばしている。
「問題ありません。要は自然薯を持って帰ればいいのです。見栄えが悪くとも薬効は一緒です」
 森技官の強がりに思わず笑ってしまった。
「薬効……?」と不思議そうに呟いていた彼に曖昧に笑ってごまかしていると自然薯の皮の部分が二人の目に晒された。
「これを芋の形に添って深く掘っていくのだな。何だか化石発掘をしている古生物学者になったような気分で、とても楽しい。映画で見たように歯ブラシが欲しいな」
 柔らかい羊の革の手袋も邪魔になったのか外して小さなスコップを持とうとした彼は、「祐樹、蚊が!」と言って祐樹の頬を優しく叩いた。白い手に潰れた蚊が載っていた。まだ血を吸われる前のようだったが、その残骸を見てひらめいた。もしかして血が生理的に苦手な森技官は蚊が吸った微量の血でも気分が悪くなるのではないかと。そして絶対に蚊を寄せ付けたくなくて潜水服をわざわざ用意したのだと考えれば筋が通る。
「ありがとうございます。もうすぐですよね。頑張って掘りましょう」
「やーい、また折ってるな!香川教授と田中先生はあんなに長い芋を完璧に掘っている!教授たち頑張ってください!!」
 呉先生の声援のおかげか、芋のしっぽ部分が見えてきた。約一メートルの長い自然薯を手に取るとスポッと抜けた。
「やった!」
 最愛の人は鈴が転がるような歓声を上げている。森技官はぶつ切りになった芋を仏頂面で地面に十個以上置いていたのとは対照的だ。
「私は見栄えよりも内面重視派ですから気にしていません」
 どう聞いても強がりにしか聞こえない。呉先生はジーンズのポケットに小さく畳んで入れていたエコバッグを広げ、バキバキに折れた自然薯を次々と詰め込んでいっている。最愛の人は土まで綺麗に取った自然薯を花束のように抱いている。目的は達成したので、森技官が借りた車を停めた道の駅の駐車場まで戻った。
「さてと。任務終了です。私達はこれから重要な検証をしなければならないので、失礼します」
 森技官は呉先生を知らない人が見たら拉致としか思えない強引さで車に乗せ颯爽と走り去った、と言いたいところだが、あちこちぶつけたせいで内部にもガタがきているのだろう。ガクンガクンといった感じでクラウンは動いている。まあ、山の中ではなくてここまで下りてきたのだから帰路にエンストしてもレッカー車を呼べばすぐに来てくれる。
 最愛の人は助手席で自然薯を胸に抱えたまま花よりも綺麗な笑みを浮かべている。
「掘りたてはさぞかし美味しいだろうな。生わさびと醤油を少量つけて祐樹と食べる。最高に美味だと思う」
 薄紅色の満開の薔薇のような笑みを祐樹に向けてくれた。

  <了>

――――

誕生日スペシャル無事に<了>が打てました!少しでも楽しんで下されば嬉しいです。

 こうやまみか 拝

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