「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点27

「気分は下剋上 知らぬふりの距離」
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This entry is part 72 of 100 in the series 知らぬふりの距離

「私はまだ大丈夫ですが、貴方は眠そうですよ。明日も仕事なのでお休みになったほうがいいかと思います」
 祐樹の低い声が夜も更けたキッチンにしめやかに響いた。
「そうだな。祐樹が帰宅する午前三時は眠りが自然と浅くなって帰宅した気配を嬉しく感じるのが常だけれど、起きて迎えるのは久しぶりだ」
 祐樹に言われるまで睡魔を自覚していなかったが、指摘されると途端に眠くなるのはどういう精神のメカニズムなのだろう。
「貴方は明日も二件の手術が入っていますよね。睡眠不足は集中力の妨げになるので早くベッドに入ってください」
 祐樹が椅子から立ち上がって近づいてきた。その包み込むような眼差しにキスの予感がして目を閉じた。触れ合うだけの刹那の口づけはカルーアよりも甘く、そして精神を酩酊させるような気がした。
「カップは洗っておきますから先に寝室に行ってくださいね」
 祐樹のアドバイスも眠気という紗に覆われたように聞こえた。
「お早うございます」
 祐樹の明るく快活な声で目覚めた。
「祐樹、お早う。え?もうこんな時間か」
 時計を見るまでもなく、いつもの起床時間よりも三十六分も遅れていると分かって我ながら情けなく思う。その気持ちが表情に出たのか、祐樹が頭をポンポンと叩いてくれた。
「まだ出勤時間まで充分時間があります。熟睡していらしたようなので、起こしませんでした。朝食は貴方ほど手の込んだものは作れなかったですが、一応作っておきました。お口に合えばいいのですが」
 おはようのキスで祐樹の見た目よりもはるかに柔らかい唇を唇で感じ幸せな気分になる。
 身支度を済ませてキッチンに近づくとコーヒーの爽やかな香りが漂っている。そしてテーブルの上にはフレンチトーストが黄金色に輝いている。レタスのサラダにはスモークサーモンがザクザクと切って入っていて、とても美味しそうだった。
「祐樹、このオムレツ、ふわふわだな……。この厚さのものを作るのは大変だっただろう?」
 テレビ、特にアニメで描かれるプレーンオムレツのような見事な形を再現しようと試みているがことごとく失敗していて、目下研究中だ。祐樹が作ってくれたオムレツは理想の形に近いような気がする。
「貴方がフライパンの上で一生懸命泡立てていらっしゃいましたよね?そうするのが良いのかと思って泡が出来るように大きく混ぜたのです。我ながら良く出来たと思っています」
 祐樹の笑顔も朝の光と卵やコーンスープ、そしてコーヒーの香りが漂っているキッチンの中で輝いているようだった。
「そうか……泡が決め手なのかもしれないな。リッツカールトン大阪のクラブラウンジでシェフが焼いてくれるオムレツは平坦だっただろう?あの作り方では空気が充分に入らないのかもしれない。明日……いや、連日は避けたほうがいいので、祐樹風に作ってみようと思う」
 他愛ない会話を交わしながら祐樹が用意してくれた朝食を食べるのは幸せの具現化のような気がする。フレンチトーストも噛むとジュワっとバターとチーズが口の中に広がってとても美味だった。
「フレンチトーストは甘味を抑えたのですが、お口に合いますか?」
 祐樹が男らしく整った眉を心配そうに寄せている。自分もそうだが、食べている人の反応を気にしているのだろう。
「とても美味しい。チーズの塩味が食欲をそそる」
 あまりの美味さに自然と笑みを浮かべた。祐樹もつられたように笑っている。
「それは良かったです。貴方の作ってくださるフレンチトーストの甘さはシナモンとよく合うと思っていたのですが、他の作り方を研究しようと思いまして。その他にもチーズとベーコンでも美味しいらしいですね。休日の『家でまったり過ごすデート』のときにでも挑戦しようと思います」
 味を想像してみたら、とても美味しそうだ。
「それは良いな。ワインに合いそうだけれども、家だと救急救命室の呼び出しが入りそうなのでアルコールは飲めないな」
 祐樹はカッターシャツに包まれた広い肩を残念そうに竦めている。
「確かにそうですよね。物理的に京都にいないなら、鬼の杉田師長でも『直ぐに来て!! でないとステっちゃう!!』などの呼び出しは断れるのですが……」
 祐樹の杉田師長のモノマネの甲高い早口が真に迫っていて声を立てて笑ってしまった。
「貴方が笑うとこのキッチンに小さい花が降ってくるような感じがして良いですね。それはそうと、心肺停止で搬送された患者さんを救ってこその救急救命ですから、杉田師長が恐れる死亡は避けたいです。フレンチトーストにベーコンを加えるのは涙を呑んで諦めます」
 スモークサーモンがシャキシャキのレタスに絡んで歯ごたえもばっちりだった。
「要はアルコールが集中力を削ぐからダメなのだろう?だったら、ノンアルコールのビールで代用するのはどうだろう?」
 思いつくままに言ってみたら、祐樹が指を鳴らしてパチリという乾いた音がパーティクラッカーのように響いた。

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