「気分は下剋上 知らぬふりの距離」45

「気分は下剋上 知らぬふりの距離」
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This entry is part 71 of 100 in the series 知らぬふりの距離

 困ったように祐樹を見、頷きを返すと今度は呉先生の表情を確かめている。呉先生も淡いスミレ色の笑みを浮かべているのを確かめた夏輝は真剣な表情に変わった。それぞれの反応をうかがってから決める点が「空気を読む」夏輝の本領発揮という感じだった。
「えと。鮮烈ながら……」
 センレツというのは若者言葉なのだろうかと最愛の人の顔を見たら、彼も端整で怜悧な顔に怪訝そうな表情を浮かべていた。
「夏輝さん、センレツという単語は、もしかして僭越ではないでしょうか?」
 呉先生はさすがに言葉を武器にしている精神科医らしく突っ込んでいる。最愛の人や祐樹が手技で勝負をしているのと同様に精神科医は言葉や相手の目の動きなどに注意を払っていると聞いたことがある。
「え?あ!すみません。僭越ってどういう意味ですか?」
 過去の夏輝は勉強に熱心に取り組んでいたとは思えないので、語彙力もさほどないのだろう。スルーするのは簡単だが、「僭越」という単語は覚えておくに越したことはない。
「身のほどを超えて出しゃばることですね。あるいは、分不相応なことをすることというのが辞書的な意味です。謙遜の意味を込めて使いますね。たとえば、学校の集会などで校長先生がいるにも関わらず『僭越ながら副校長の私が皆さまにご挨拶をさせて頂きます』のように使います」
 最愛の人が夏輝に解説している。彼は歩く知識の宮殿といった感じなので解説にはもってこいだ。
「香川教授ありがとうございます。ドラマで聞いて、偉い人の前で言う言葉なんだと耳コピ……あ、耳コピって分かります?」
 耳という聴覚情報だけをコピーすることか?と祐樹は推察したが、自信はなかった。最愛の人も薄緑色のカッターシャツからすんなりと伸びた首を傾げている。
「本来は音楽を聴いて、楽譜や音源なしに再現することですが、耳で聞いただけの言葉を再現するときにも使われるようになりましたね。僭越と鮮烈は似ていないこともないですし。ただ、将来的に夏輝さんが海外に行って活躍したとしても、日本にいるお父さまやお母さまの会社の行事などに参加することがきっとありますよね。だったら覚えておいたほうが良いです」
 呉先生は夏輝の父・誠一郎氏がバイバス術で生活の質も改善できると信じているのか、ごくごく普通な感じで解説している。夏輝は呉先生の言葉を聞いてその意図を察したのだろう。晴れ晴れとした表情でこくんと頷いている。
「……改めまして。僭越ながら名前をつけさせていただきます!『オフレコ医局サロン』というのはどうでしょう?さっき呉先生が看護師さんの前でセクシャリティの話はなしでとおっしゃっていましたよね。僕も同意見です。香川教授も田中先生との本当の仲も病院では内緒にしているんですよね。だったらこの話は完全オフレコなので採用してみました!医局は……なんか大学病院っぽいと思って!」
 祐樹は生粋の大学病院育ちなので教授を中心にした医局という制度に馴染みは深い。だが、大学病院以外の医局は会社でいうところの課や部のようなものだと聞いているし、そもそもそんなものが存在しない大きな私立病院もある。
「いいんじゃないですか?『オフレコ』というところに秘密の匂いがして素敵だと思います」
 呉先生は春爛漫の陽射しを浴びたスミレのような笑みを浮かべている。最愛の人は心臓外科の医局の長で、祐樹はその医局員だ。だから「医局」という言葉に何の抵抗もない。しかし、呉先生は真殿教授率いる精神科の医局から追放された過去がある。一応助手として名簿に載っているらしいが、「いない人」扱いされていると救急救命室に助っ人に来る精神科の清水研修医が悔しそうに言っていた。だから夏輝が他意なく「医局」という文字を使ったことに若干ハラハラしたものの、呉先生は気にした様子はない。
「では、そろそろお開きにしましょう。また近いうちにこういう会を開きましょうね」
 最愛の人は一同を見回し、にこやかに告げた。
「僕なんかのために、忙しい先生方が時間を割いてくださって本当にありがとうございます!!」
 夏輝は頭を深々と下げている。「もう少し夏輝と話したい」と言った呉先生のブランチを出て、旧館エリアを二人して歩いた。
「夏輝さんは随分と大人になりましたね」
 気の早い鈴虫の鳴き声が人のいない庭園に趣を添えている。
「そうだな。有瀬家はお母さまの香織さんが副社長として補佐しているのも事実だろうが、明日までは京都に帰ることが出来ない。だから有瀬家の代表としてしっかりしなければならないと夏輝さんも決意したのではないか?それに、『あの店』で会ったときの夏輝さんはあの場に相応しい言動だっただろう?そして、病院では患者さんの付き添いという役割を無意識に演じているような気がした。夏輝さんの適応力は素晴らしいと思う」
 最愛の人の言葉に深く頷いた。

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