「そういえば、パンチパーマと言うのですか?ドラマの暴力団の構成員の髪型なのですが……、ああいうのも学校で習うのですか?」
夏輝はリスのような風情で首を傾げているのも年相応の無邪気さだ。
「え?授業では習わないですよ。でも、強いカールを作っていけば似たような髪型になると思いますけど……」
最愛の人も呉先生も怪訝そうに祐樹と夏輝の会話を聞いている。
「そうなのですね。理論上は出来ると……」
祐樹が考えていたのは、森技官に一服盛って意識を無くした状態で夏輝にパンチパーマを当てさせるという「妄想」だった。そもそも睡眠薬はよく知らないので始めから無理がある「犯行」だが、あのゴキブリみたいに……いや、黒々とした髪の毛にパンチパーマは良く似合うような気がする。あの太めの髪質だと余計に怖いだろう。きっとドラマに出てくる強面の斯界では有名な若頭みたいに仕上がるに違いない。しかもドラマでは定番の黒いアルマーニは自前で着ている。パンチパーマとアルマーニ、ついでに夜でも真っ黒なサングラスをして盛り場を歩けば、チンピラが平身低頭するような気がする。絶対に可笑しいはずだけれども、実際に祐樹が夏輝の協力を得て実行したら、二人は大惨事に見舞われるだろう。だから絶対にしないが、想像したら笑ってしまう。
そう思っていると最愛の人が不思議そうな表情で祐樹を見ている。
「いえ、ドラマでパンチパーマを見て、ああいう髪型ってどんなふうに施術したら出来るのか、ふと疑問に思っただけです」
ドラマで得た知識によると最近のヤクザはアルマーニのスーツがステイタスらしい。だったら祐樹が最高に気に食わない、あの苦み走った男前はヤクザの世界でも一目置かれるに違いない。それに剣道だったか柔道だったかは忘れたがとにかく武術の有段者だと聞いた覚えがあるので、あちらの世界でも名を馳せるに違いない。唯一の弱点(?)はそんな「Theヤクザ」という格好で牛丼の吉野家で牛丼の並盛を頼めるかどうかだろう。ちなみに呉先生も森技官も吉野家にしばしば行くと聞いている。ただ、そんな恰好で「並盛、つゆだくねぎだくで」とか頼んだら絶対に可笑しい。店員さんも表情の選択に困るのではないだろうか。
「すみません。楽しい時間でしたが、そろそろ仕事に戻らなくてはなりません」
最愛の人の涼やかな声が祐樹の妄想を浄化してくれるようだった。
「ああ、もうそんな時間なのですね。楽しい時間はあっという間です。夏輝さんのスマホを貸してくださいませんか?」
呉先生は陽だまりに咲いたスミレのような笑みを浮かべている。彼は天敵の真殿教授以外には人当たりは良い人だが夏輝のことは格別に気に入ったようだった。
「え?はい」
夏輝はスマホを出して呉先生に渡している。
「えっと、カメラ機能ってどうするんでしたっけ?あれ……何故かオレの顔が写っているんですけど!!」
何だかスマホデビューしたご老人のような感想を呉先生が呟いているのは可笑しい。
「こうすれば普通のカメラ機能です」
見かねたのか最愛の人が手を貸している。
「ありがとうございます。文明の利器に疎くて……。定年に近い看護師が予約状況を知らせるシステムを作ってくれまして、この赤い時間帯以外は患者さんもいないので、夏輝さんは気軽にいらしてくださいね。それと、看護師がいるときにはセクシャリティの問題には言及しないでくだされば嬉しいです」
そんな新機能を使っていたとは初耳だった。しかも定年に近い看護師さんがその機能を作成したというのも驚きだった。
「その便利な機能、良いですね。私達も共有しても?」
それなら患者さんがいる時間を外してここに来ることが出来る。ちなみに不定愁訴外来は予約制だ。そして、呉先生は精神医学会での講演によく呼ばれる医師なので休診も多い。
「え?お教えしていなかったですか?すみません。すでにご存じだと……」
しぼんだスミレといった笑みを浮かべた呉先生はスマホを差し出している。最愛の人も初耳だったらしく、細く長い指にスマホを持って呉先生が表示したQRコードを読み取っている。
「この際ですから、LINEグループを作りませんか?」
呉先生が晴れやかな笑顔で提案した。いや、スマホのカメラも扱えないのに大丈夫かと思ったが表情には出さない。まあ、カメラと文字入力は異なるだろうが。
「いいですね。そのほうが、この部屋に集まるのに都合が良いです」
最愛の人も桜の花のような笑みを唇に浮かべている。
「異存はないですが、グループには名前が必要ですよね。ちなみにウチの科は『香川外科一同』といういかにも堅苦しい名前です」
祐樹が暴露すると最愛の人がほのかな笑みを浮かべている。
「その名前は黒木准教授が考えたのです。相当頭を悩ませていたみたいですが、確かに独創性に欠けますね。こういうのは、クリエイティブな才能を持つ夏輝さんに考えてもらうのが良いと思うのですが」
突然の指名に夏輝は驚いたように身を竦ませた。
「僕で良いんですか?」
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