「気分は下剋上 月見2025」1

月見2025【完】
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This entry is part 1 of 25 in the series お月見 2025

「みなさん、お早うございます。今日も一日ミスのないように職務に勤しんでください。さて、嬉しいお知らせがあります!なんと我が医局から『将来を嘱望された若い外科医の会』の招待状が届きました!わざわざ言うまでもありませんが、全国に名前を売る絶好のチャンスとして今年発足したばかりの記念すべき催し物です。ウチの医局は香川教授と田中先生が国際公開手術に成功するという赫赫たる成果を出しています。そのあとに続く可能性がある医師を育てるという目的の会です。栄えある医師に選ばれたのは!」
 朝の慌ただしい医局に黒木准教授が下りてきて皆の前で紹介しているのは珍しい光景だ。若手というからには久米先生だろう。久米先生は医局でいじられキャラとして親しまれている一面もあるが外科医としての才能は確かだ。最近は色々な会が雨後の筍のように発足していることは知っていた。
 きっと将来有望な医師を海外に流出させないようにと外科医学会のお偉いさんが考えたのだろう。円安に加えて、今どきの医師は英語が話せる人が多く、外国で就職する医師も少なくないのも事実だ。
「えっ!オレ、いや私ですかぁ!?」
 久米先生が電気に当たったかのように丸っこい身体をバネのように伸ばしている。
「その通り、久米先生です。手技はいつもの通り第一助手を務めればいいとのことです。香川教授も『他の第一助手を見るのはとても勉強になるので、ぜひ東京に行ってきてほしい』とのことです。出席で良いですよね?この集まりも指名されないと参加は出来ないらしいですよ」
 黒木准教授が言葉を切ると、「どうせ東京大学が力を入れている集まりなんだろう?いっちょ、京都大学付属病院の底力を見せつけてやれ!!」などのヤジと拍手が起こった。
「そうそう、最も優れた外科医には台湾の旅二泊三日が副賞として付きますよ。故宮博物院で翡翠を使った白菜を見るのもよし、屋台で本場の小籠包を食べるのも良いですよね」
 黒木准教授は手術をしない代わりに後進の育成に力を注いでいるので温和な顔が笑み崩れている。
「翡翠で出来た白菜の他に、豚の角煮そっくりの置物的な物もあるぞ。……なんて言ったか忘れたけど」
 柏木先生がはやし立てた。
「それは肉形石だと思います。どこから見ても豚の角煮みたいで一見の価値はありますよね。翡翠で白菜を作ったり豚の角煮そっくりの置物を作ったりする意図は分からないですが、とにかく故宮博物院きっての名物なので見ておいたほうがいいです」
 遠藤先生も物凄い圧で久米先生に迫っている。
「分かりました。香川外科の名折れにならないように頑張ってきます!場所は東京ですよね?」
 久米先生がキリっとした表情で返事をしている。心なしか頬の肉がそげたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「では招待状を渡します。皆さん、前祝の盛大な拍手をお願いします」
 まあ、久米先生が将来有望な医師だと外科医学会の上層部が認めたのは素直に喜ばしい、と祐樹も拍手をした。
「では、今日も一日頑張ってください」
 黒木准教授が医局から体形の割に素早い動作で出て行った。
「久米先生おめでとう。なんでそんな暗い顔をしているのだ?」
 柏木先生が不思議そうな顔で招待状の封筒を開けた久米先生を見ている。祐樹も本日は珍しく執刀医ではないので主治医を務める患者さんのベッドを回ればいいだけだ。
「そ、それが……、この日程……せっかく愛しのアクアマリン姫とお月見デートをしようと温泉まで取った日なんです……」
 何だか意気消沈したカバという感じだった。
「お月見デートで温泉か!ちなみに岡田看護師は一緒に行くと言っているのか?」
 久米先生はデートを勝手に決める悪癖がある。柏木先生と祐樹の二人かかりで救急救命室の凪の時間を使って矯正はしたものの、まだまだ道半ばといった感じだった。
「え?温泉は二人分取りましたが、彼女には何も言っていないです。お月見デートしようとだけ言ってます」
 柏木先生は天井をわざとらしく仰いで、ついでに壁に掛かった時計を見た。
「田中先生、あとは頼んだ。久米先生の教育をしたいのはやまやまだが、手術の時間なので」
 言い残すと医局を出て行った。久米先生のお守りかよと思ったが、アクアマリン姫とうまく行って欲しいのも事実だ。
「いつの間に泊りがけの旅行に行く仲になったのですか?」
 そんな話は聞いていなかった。
「え?初めてです。サプライズ的な旅行のプレゼントなんですが……」
 ……ダメだこりゃ、と先ほどの柏木先生と同じく天井を仰いだ。
「女性は色々な準備があるのです。たとえば、お気に入りの可愛い下着を用意したり、それにムダ毛の処理とか、洋服だって数種類は必要ですよね。どこに何泊するのか、あらかじめ教えておかないと機嫌が悪くなりますよ」
 祐樹は女性に興味はないがその程度のことは知っている。女性が大好きだがアクアマリン姫こと岡田看護師が現れるまでは年齢=彼女いない歴だった久米先生は、ものすごく疎いらしい。
「え?そんなものですか?温泉に行ったら宿に備え付けの浴衣があるんで洋服問題はクリアできると思いますけど……。それにムダ毛なんて気にしません」
 ……久米先生が気にしなくても岡田看護師が気にするだろうと思ったが言っても無駄なような気がした。
「とにかく、今回の温泉旅行は延期ですよね。医局の新星として会に出席するのですから」
 取り敢えず女性に恥をかかせないエスコートは救急救命室の凪の時間に柏木先生と二人がかりでレクチャーしようと心に決めた。

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