「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点25

「気分は下剋上 知らぬふりの距離」
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This entry is part 68 of 100 in the series 知らぬふりの距離

「お気持ちだけで充分ですよ。ああ、しかし、縁起でもない話ですが、貴方がノロなどの感染力の高い病気に罹ったとしたら何を置いても私が看病したくなるでしょうから、おあいこですね。善後策としては絶対に罹らないことでしょうか……」
 声量を落として静かに話していると、最愛の人がベッドから起き上がった。
「祐樹、もう眠りたいか?」
 最愛の人は眠りの最中に喉でも乾いたに違いない。
「いえ、今夜は腸炎ビブリオの患者さんが搬送されたのを最後に閑古鳥が鳴きまくっていました。いつもこんなふうだと良いのですが。休憩室で充分休みましたから大丈夫です」
 救急救命室は続々と患者さんが搬送される日もあれば、パタッと止まる日もある。
「そうか……冷たいペパーミントティーを作ることにする。祐樹も飲むか?」
 パジャマのままで起き上がってキッチンに移動する彼の後に続いた。ちなみに、最愛の人の作るハーブティーはどこのホテルの喫茶室よりも美味だ。
「はい。喜んでいただきます」
 一般的な味ではなくて祐樹好みの分量を淹れてくれるからに違いない。コーヒーや紅茶にしないのはカフェインが含まれていないからだろう。
「どうぞ」
 ミントが薫るお茶を出され「いただきます」と口に運んだ。ミントの清涼な香りがキッチンの空気まで緑色に染めていくようだった。
「夏輝さんのお父さまが入院してくるとは思わなかったな。偶然だろうが、とても驚いた」
 ミントの爽快さを味わうようにゆっくりとカップを回している最愛の人の洗練された所作に見惚れてしまう。彼は寝起きでも端整なたたずまいは変わらない。
「今だから言うのだけれども、夏輝さんがどこの誰か分からなかった時、ハリウッド女優の専属美容師になる夢を語っていただろう?今でもその件は諦めていないどころか着々と夢に向かって歩き出しているのは祐樹も分かったと思う。だから、以前手術したことで知り合ったアメリカの俳優兼プロデューサーのショーン・マッケンジー氏に夏輝さんのことをメールで知らせた」
 祐樹はカップを落としそうになるほど驚いている。幸いカップの中のミントティーはほとんど飲み干していたので零さなかったのは幸いだ。
「え?あの『深紅の水平線』の主演俳優ですよね?あの人とも知り合いだったのですか?アカデミー主演男優賞俳優ですよね。渋いというか男性的な役が似合う俳優さんだと思います」
 自分の知る限り気さくで気配りの出来る人というのが実像だと思っていたが、アメリカの俳優さんはブランディングが徹底している。最近の女優さんなどは夏輝さんや夏輝さんの友達がげっそりしているように、インスタグラムなどの配信サイトで積極的に発言をしている人もいるようだ。しかし、そういう風潮と一線を画しているハリウッド俳優らしい人だ。政治思想を語る人も多いと聞くが、ショーン・マッケンジー氏は「映画のこと以外は絶対に語らない」というのが信条だとインタビューで読んだ覚えがある。
「アメリカ時代に執刀した関係で、彼の豪華なトレーラーに招待して貰ったのが縁だな」
 祐樹は不思議そうに整った眉を寄せている。
「飛行機だと発作が起きるリスクがあるので豪華客船と間違うほどの自家用船を使って病院に来た患者さんのことは聞いたことがありますがトレーラーとは斬新ですね。具体的にどういった乗り物なのですか?」
 祐樹は立ち上がってミントティーのお代わりを淹れている。
「トレーラーといっても、二階、いや普通の車両の三階建ての大きさだったな。一階部分は応接室と台所、しかも専属コック付きだ。そして秘書のエリアなどが豪華かつコンパクトにまとまっていた。二階部分は六人が本格的なディナーの出来る大きなテーブルがあって、三階部分は寝室だと聞いている。私が招かれたのは二階までなので、それしか知らない」
 祐樹は目を真ん丸にして聞いていた。
「普通の家を作るほうがはるかに安上がりでしょうね。六人が座れるテーブル……もちろんコックさんの作る料理はフルコースですよね。そんなトレーラーがあるのですね……。いやあ、お金ってあるところにはあるのですね。家も他に持ってらっしゃるのでしょう?」
 興味津々といった感じで聞いてきた。
「もちろんだ。船と同様に心臓発作が起こるリスクを軽減するためにトレーラーに乗ってきたと言っていたな。ちなみに、映画の主演を務めていても撮影の待ち時間があるだろう?その時に集中するためとか、寝不足だったら仮眠を取るためにプライベートな空間が必要だということで特注のトレーラーを購入したらしい。何でもビバリーヒルズにプール付きの豪邸を建てるよりもお金がかかったらしい」
 滅多に驚かない祐樹もあんぐりと口を開けている。普通の人がこういう表情をすれば間抜けな感じになるのだけれども、祐樹の男らしく整った顔は普段と変わらず胸がときめいてしまう。
「六人もの人間がディナーを食べる空間って要るのですか?撮影で僻地に行くこともあるでしょうが、そういうところでもディナーを食べるという趣向なのでしょうが……」
 祐樹の疑問はいつも的確だ。

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