「これだけあれば、何年も栗拾いに行けるな」
思いのほか大荷物になったので二人で分けて車へと運んだ。
「あとは、貴方の好きなお菓子を買っておいてくださいね」
その笑顔は、あぜ道に咲いて風に揺れる庶民的なコスモスのようだった。
「これから駄菓子を厳選しようと思う」
明るい笑みを浮かべながら眼差しは真剣そのものだった。彼は仕事でも仕事以外でも真剣に取り組むのも美点の一つだろう。
「期待しています。貴方が助手席で笑って下さるのが楽しいので」
アポロチョコとプラスチックの瓶に入ったラムネは彼のお気に入りなのでもれなく用意するに違いない。小学校や中学のときに病気のお母さまが心配で遠足に行かなかったことから、そういう駄菓子を今になって追体験している最愛の人のことを思う。祐樹が幼い頃の憧れを叶えることが出来てとても光栄だし、そこまで心を開いてくれた最愛の人を愛おしく思う。
「作業着にあんなにポケットがついていたとは思わなかった。ただ、よく考えてみればビルの工事などは常に両手を空けて作業しないといけないのだから収納は多いほうが理に適っているな……。あ、トングもカゴの中に入れるのだろうか?」
紅色に弾んだ声が車内を幸せ色に染めていくようだった。
「トングは手で持ちます。そうでないとイガの中から栗を取り出すことが出来ませんから」
山に慣れていない最愛の人は納得したように頷いている。
「たくさん取れてモンブランが出来るほどになったら良いな。祐樹も苦みの勝ったモンブランのクリームなら食べられるだろう?」
……モンブランのクリームにどの程度の栗が必要なのかは全く知らないが、かなりの量が要るのではないかと思ってしまう。毎年「異常気象」とニュースが報じている今、そんなに多量の栗が手に入るのか全く分からない。分からない以上コメントをするのをやめておくほうが無難だ。
「柿も民家に植えられているのは論外としてそこいらに生っているのは取って帰っていいですよね?渋柿は、呉先生のお庭で干し柿にして食べれば良いですし」
呉先生の家は祐樹が名付けた薔薇屋敷という名にふさわしく広い敷地だが、呉先生と森技官が住んでいないし、広さを持て余している。しかも戦前から建っている洋館なので老朽化も著しいらしい。せめてもの援助として最愛の人は干し柿や梅干し作りのために場所を借りてシーズンごとに薔薇屋敷に通っているらしい。そういえば椎茸の菌を打ち込んだ原木も置いていると聞いている。
「そうだな。たくさん拾って帰って干し柿をたくさん作ろう。『夏の事件』でお世話になった八木さんは無料で差し上げたのだけれども、八木さんの家に来たお客さんは『こんなに本格的で、昔食べたのと同じ味の干し柿は珍しいので、ぜひ購入したい』と言って下さる方が多いと聞いた」
それは初耳だった。とはいえ、二人の時間が限られていることから彼が些細なことだと判断した件は祐樹の耳に入ること自体が珍しいのだが。
「そうなのですね。貴方の手作りの干し柿やお漬物はお金を取ってもいいレベルですから、私達が食べる分を除いて販売するのもいいと思いますよ。京都の茶わん蒸しに入っている銀杏なども売ってみてはいかがですか?貴方は別にお代は不要だと思いますが、呉先生のお小遣い稼ぎにはなりそうです」
他愛のない会話を交わす車内の空気は季節外れの春風が吹いているようだった。
「銀杏は、旧館の銀杏並木にたくさん落ちているけれども、匂いが強烈過ぎて拾う気にはなれないな」
茶わん蒸しなどに入っている分には喜んで食べるが、確かに拾うとなると難易度が高い。
「あれって、匂いもそうですが、果肉部分でしょうか?あの臭い部位に素手で触れるとかぶれますよね。手をことさら大事にしている貴方には向かないと思います」
助手席に座った最愛の人は細く形のいい顎に指を当てて考え込んでいる。
「そうだ!せっかくトングを買ったので、旧館に銀杏を拾いに行くのも楽しそうだな。茶わん蒸しに入れてもいいし、炒って食べると美味しいとテレビで言っていたから」
最愛の人は時々教授職という自分のポジションを忘れ果ててしまうことがある。旧館は人が少ないとはいえ、不定愁訴外来に来る人の目もあるというのに、銀杏拾いに興じていたら確実に目撃されるだろう。炒った銀杏は美味しいのかどうか祐樹には分からない。
第二の愛の巣とも言うべき大阪のリッツカールトンのクラブラウンジで供される茶わん蒸しの銀杏は美味しいと思って食べていたが、それ以上のことは知らない。
「スーツに匂いがつくのではないでしょうか?呉先生の不定愁訴外来に作業用の服を預けるにしたって患者さんから『銀杏の匂いがsi
ますね』などと言われますよ。呉先生は患者さんから話しやすい先生として親しまれていますから、そういうツッコミがガンガン入ると思います」
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