「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点24

「気分は下剋上 知らぬふりの距離」
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This entry is part 65 of 100 in the series 知らぬふりの距離

「私が学生だった頃にあそこでボランティアをしていましたのである程度は知っています」
 黒木准教授は納得したように頷き、三好看護師と広瀬看護師に指示を出しにいった。ノロウイルス患者がこの心臓外科病棟で出ないように万全の対策をしなければならない。
「香川教授、救急救命室からの連絡です。ノロではなくて腸炎ビブリオだったようです」
 黒木准教授が医局で電話を取って安堵したような表情で教えてくれた。
「そうですか。それは何よりです」
 腸炎ビブリオはノロのような感染力はないので一安心だ。
「柏木先生や田中先生、そして久米先生は救急救命室も兼務していますよね。今までは幸運が重なって病棟で流行しませんでしたが、対策を講じておく必要がありますね」
 黒木准教授は疲れたのが目をもみながら言っている。
「そうですね。免疫力が低下した患者さんを預かる以上充分に配慮しないとならないでしょう。今まで以上に気をつけなければなりません。そのことは柏木先生も田中先生もよく心得ているとは思いますが、念には念を入れておかなければならないです。お願いできますか?」
 黒木准教授は頼もしく請け負ってくれた。
「香川教授、釈迦に説法だとは思いますが明日の手術に備えて早く帰宅なさって休んでください。後のことは私にお任せください」
 別に疲れているわけではなかったが、手術のパフォーマンスが落ちたら本末転倒だ。黒木准教授の忠告通り帰宅して休むほうがいいだろう。
「ではお言葉に甘えてお先に失礼します。遠藤先生も宿直ご苦労様です」
 ちょうど医局のドアをスライドさせて遠藤先生が入ってきた。
「ノロではなかったようですよ。良かったですね」
 黒木准教授の穏やかな笑顔に遠藤先生はホッとしたような笑みを浮かべている。
「それは何よりです。ただ、この教訓を生かして非常時マニュアルの更新をしたいと思っていますが如何でしょう?」
 遠藤先生は手技では劣るものの、英語や日本語の論文やレポートは素晴らしい。本人も医局での存在意義を「書くこと」で主張している。だからこそのマニュアル作成なのだろう。
「よろしくお願いします。ではお先に失礼します」
 黒木准教授と遠藤先生がいつまでにマニュアルを仕上げるかを話し合っているのを背中で聞いて医局を後にした。歩きながらスマートフォンを弄るのは危険なのでマンションに帰宅した後に呉先生にLINEを打った。夏輝さんのお父様の有瀬誠一郎氏が入院したこと、そして不定愁訴外来をいわゆるたまり場にしていいかということなどを聞くと大歓迎だとの返信を貰ってよかったと思った。
 厚労大臣の失言のせいで森技官は霞が関と永田町を行ったり来たりしているせいで、呉先生も暇らしい。それに呉先生の場合はゲイバーに行ったこともない。自分だってさほど行ったことはないが、あの場所の独特の文化というか雰囲気は知っている。呉先生の場合は自分がゲイだと自覚するよりも前に森技官と恋人同士になってしまったというある意味純粋培養なので仕方ないのかもしれない。そういうゲイ自認が薄い人は昔ならお見合いで結婚してその女性と添い遂げるのが一般的だったと本で読んだ覚えがある。そんなことを考えながらお風呂に入ってベッドに入った。
 祐樹の帰宅する午前三時に目が覚めた。「眠っていてくださいね」といつも祐樹に言われているが、なぜか自然と目が覚めてしまうのは祐樹を待ち侘びているからだろう。多分本能に近い脳の仕組みなのだろう。祐樹の気配を消した微かな物音も耳だけでなく全身で感じて幸せだ。
「祐樹、お帰り。ノロではなくて本当に良かった……」
 ベッドに上半身を起こしてキスを交わした後についつい言ってしまう。
「ノロだったら、この部屋には帰ってきません。貴方に感染したらと思うとゾッとしますので。腸炎ビブリオは経口感染が主ですから患者さんから伝染することもないですからね」
 祐樹もノロのリスクを考えていたのだなと頼もしく思った。
「一応、ノロだと仮定して必要な物は家に持って帰っていた。祐樹が感染してもいいように、な。役に立たなくて本当に良かった」
 祐樹が薄明りの下で驚いたような表情を浮かべている。
「私はともかくとして、貴方がノロに罹ったら手術はとんでもなく延期されますよね?それなのに、この部屋で看病して下さるのですか?病院で寝ていたほうが貴方に感染しないので、てっきり入院だと思っていました」
 キスの合間に感激めいた表情と口調だった。
「確かに容態によっては病院のほうが安心だけれども、出来る限りは私が看病をしたい。それが愛する者の務めだろう?幸いにも知識はあるし、看護のコツもつかめているので」
 祐樹は何も言わず上半身を起こした自分を抱きしめてくれた。愛の交歓をしなくても、充分に愛情が伝わってくる。そして、病院のシャワーを使った名残のシャンプーやボディソープの香りが身体を包み込む。自宅のシャンプーなどとは異なる香りが「仕事帰り」と主張しているようだった。

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