「流石は建築業に従事している人に特化したお店だな。スマートフォンもほら、こんなに深くまで入って落下しないように工夫されている」
弾んだ声でポケットの中に細く長い指を入れた彼は感心したような笑みを零している。
「どの高さで作業するかは分かりませんが、スマホをうっかり落としたら下手をすれば人身事故ですからね。細心の注意を払っているのでしょう」
作業着姿の最愛の人は長く細い首を傾げて祐樹を見ている。最愛の人の作業着姿はとても新鮮で目を奪われる。
「祐樹は買わないのか?」
昔取った杵柄というか、実家にいた時には野山を駆け回っていた。だから完全装備でなくとも大丈夫だ。
「貴方よりは山に慣れていますからね。必要最低限の装備で大丈夫です」
祐樹は長袖のシャツとポケットの多いスラックスで充分だ。
「そうなのか?私は祐樹と山に行ったことがないので、形から入らないとダメだな……」
試着した物を全て初老の店員さんに渡している。
「さて、トングを買いに行きますか?」
後部座席に意外とかさばる荷物を置いてホームセンターへと向かった。栗拾いや、あわよくば松茸を見つけるために準備を怠ってはならない。まあ、松茸は99%諦めているが、1%の望みに賭けたいのも事実だ。
「貴方は定番の午後の紅茶ですよね?」
自販機が設置されていたので、ドリンクを買ってひとまず休憩をした。
「ああ、いつも美味しいが、たくさん買ったせいかよりいっそう美味だな。それにお手頃価格だった……。もっと高価だと思っていた」
喉の動きが艶めかしい。
「あれは作業用ですからね。手の届かない価格帯だと困るでしょう。そろそろトングを買いに行きましょうか?」
そういえば二人でホームセンターに行ったこともない。不定愁訴外来の呉先生の通称薔薇屋敷でバーベキューはしたことはあるが、用具は呉先生が出してくれて、炭などは森技官が用意してくれたので、食材を持っていけば事足りた。
「これがカゴか……」
最愛の人はトングよりも先に栗拾いのカゴを目に留めた。
「何だか想像していたのと異なるな……」
想像……いったいどんなものだと思っていたのか気になった。
「どんなカゴだと思っていたのですか?」
最愛の人は唇に淡い花のような笑みを浮かべていた。
「日本昔話というか、『鬼退治アニメ』の主人公が師匠に妹専用に運ぶ木箱って貰う前に、背中に背負っていたようなカゴを想像していた。随分現代的なのだな……」
思わず好意的な笑みを浮かべてしまった。
「ああ、竹を編んで作ったカゴですね。『鬼退治アニメ』は大正時代ですよね。しかも山が深い土地なので、江戸時代から備品は変わっていないような気がします。両手を空けておくという鉄則は変わらないですが、軽くて撥水性が優れた物が多いですよ。『鬼退治アニメ』は百年以上前という設定ですので、装備はかなり進歩しています。それにしてもこの中に栗や……あわよくば松茸が入ったらいいですね」
最愛の人は心の底から楽しそうな笑みの花を咲かせている。
「祐樹は松茸狙いなのだな……。私はナメコなどが取れれば大満足なのだが」
確かにナメコは味噌汁に入れると大変美味しい。スーパーで買ってきたものと天然ものでは味が違うかも知れないなと思ってしまった。
「ナメコも良いですね。椎茸はホイル焼きにしても美味ですし、たくさん取りましょうね。出来るなら……松茸が大収穫だともっと嬉しいのですが……」
祐樹だって松茸は難易度が高いのは重々承知しているが、言うだけならタダだ。「松茸」と言うたびに最愛の人が困ったような、それでいて嬉しそうな笑みをこぼすので言ってみただけだ。トングを皮切りに必要な物を買ったら大荷物になった。特にカゴはかさばって二個買う予定が一個にせざるを得なかった。とはいえ営利目的ではなく、デートがてら栗拾い兼松茸探しに行くのだからカゴは一個で充分のような気がした。
「これで買い物リストはコンプリート……あ、帽子を忘れていた……。ヘルメットまでは大げさなのだろう?」
紅色に弾む声が彼の心の弾みをあますところなく伝えてくれる。その声を聞いていると祐樹までもが幸せになる。
「イガのついた栗が落ちてきたら怪我をしますよね?ですから帽子は必要だと思います。それに蚊やブヨや蜘蛛の巣対策にもなりますし」
最愛の人は、なるほどといった表情を浮かべている。
「ブヨは刺されたらものすごく痒いのだろう?虫よけで効果があるのだろうか?」
そういえば、祐樹は普段着で山を駆け巡っていた幼い日に刺されたことがある。
「痒いですよ。全ての思考が『痒い』という一点に行き着いてしまいます。母に言って皮膚科に連れていってもらいました。ただ、その時は半そでシャツを着ていたので刺されました。だから長袖だと大丈夫だと思います。肌をなるべく露出しないようにするのがコツですね。もちろん虫よけは必須です。そして、刺されたと思った時にブヨの毒抜きを持っていれば最強だと思います。ああ、これですね」
アウトドア用品が細々売っている店内で見つけることが出来て良かったと思った。
ーーーーー
もしお時間許せば、下のバナーを二つ、ぽちっとしていただけたら嬉しいです。
そのひと手間が、思っている以上に大きな力になります。
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
PR ここから下は広告です
私が実際に使ってよかったものをピックアップしています


コメント