「気分は下剋上 ○○の秋」2

◯◯の秋 2025
This entry is part 2 of 4 in the series 「気分は下剋上 秋の愉しみ」2025

「意外と駐車場は狭いのだな?」
 最愛の人は、祐樹のアドバイスに従っていつぞやGUで買った長袖の青いシャツとスラックス姿だった。
「ファミリーが来るような店ではないですからね」
 ちなみに祐樹は色違いの白いシャツだ。しかし、よくある服なのでペアルックだとは誰も気づかないだろう。
「それはそうだが、建築業や土木工事の会社は車が基本だろう?だからそういう人が……あれ?あの自販機は祐樹が喜びそうだな」
 物珍しげに周囲を見回していた最愛の人は祐樹の愛車から降りて、見慣れない自販機に歩み寄っている。祐樹も車をロックしてから、最愛の人に追いついた。
「この自販機、午後の紅茶のミルクティが八十円で売っている……。それに祐樹が好きなブラックコーヒーも同じ値段だ……。こんな安いのは見たことがない」
 驚いた表情も無垢さが際立っていてとても綺麗だった。
「多分ですが、日雇いって分かります?」
 歩く百科事典のような最愛の人だが、世情には疎い。
「それは知っている。建設現場に必要な人数を確保するために、早朝、決められた場所に集まった人たちの中から何人かを選んで作業をさせるのだろう?健康な身体があれば出来るとテレビで見た。その雇われる人のことを日雇い労働者というのだろう?」
 最愛の人は定時で帰って家事をこなす時にテレビをつけているとは聞いている。祐樹と一緒のときは、平日ならニュース、休日はサブスクなどでお気に入りのドラマ・アニメや映画を一緒に見るのが二人の習慣だ。
「日雇いは履歴書なしとか、住民票がなくても一日働いてその日に給料を貰えるらしいです」
 最愛の人の切れ長の目が驚いたように見開かれた。
「履歴書なしは、まだ分かるけれども、住民票がない人などはいるのか?ああ、ホームレスと呼ばれる人とか……?」
 この話題は聞く人によってはかなりセンシティブなので、人が来たら即座に打ち切ろうと思い、話を続けた。
「お金がある場合はネカフェに泊まるみたいですが、あそこには住民票の登録が出来ない決まりだそうですよ。そういう人は一円でも安いものを買うとか、コンビニの廃棄弁当などを食べるなど色々と工夫しているのです。文字通り日雇いですから、今日仕事があっても、明日は保証されません。そういえば、天神祭りの日に二人で入った串カツ屋さんですが、本場の串カツを食べに行くという約束をしましたよね。あいにくまだ果たしていませんが。その近くには有名というか悪名というか、とにかく名高い『あいりん地区』というのがあって、その地区に近づくほど、物価が安くなるらしいです。自販機も八十円どころかさらに半額になっていたり、屋台では靴を片方だけ売っていたりするらしいですよ。そのせいか、片足はスニーカーでもう片足はぶかぶかの革靴を履いた人が普通に歩いているという、ちょっと日本の町とは異なる雰囲気をかもし出しているそうです」
 最愛の人は目をみはって祐樹の言葉に耳を傾けていた。
「それは常識なのか?全然知らなかった……」
 祐樹は肩を竦めた。
「私も行ったことはないですよ。久米先生は大阪の私立中学から高校まで通っていて、医学部の面接の自己PRにその地域でのボランティア活動を利用したらいいと教師に言われて泊まりで参加したと言っていました。その思い出を救急救命室の凪の時間に語っていました」
 最愛の人は納得したような表情だった。
「久米先生は普通の高校生の服装で行ったのだろう?靴などがなくなるというか盗られるようなことはなかったのか?」
 しごく尤もな質問だった。進学校としても有名な久米先生の母校は、裕福な家庭のご子息が多数通っていることでも知られている。
「ボランティアが泊まる場所は小学校だったか、詳しいことは忘れましたがとにかく学校で、侵入者が絶対に入れないような城塞みたいだったと言っていました。その内部は物凄く安全らしいです。炊き出しのボランティアの他にも大阪の医師会が無料健康診断などもしているらしいです」
 彼は安堵したような表情を浮かべている。
「それは少し安心したな……。収入がなく食べる物も寝る場所も不自由な場合、健康状態が心配だから。そういう社会的弱者を応援する団体で、きちんと運営されているところに寄付をしようと思う。それくらいしか私には出来ないので……」
 最愛の人らしい気遣いに温かい笑みを浮かべてしまった。
「話のタネに八十円の午後の紅茶とコーヒーを飲んでみましょう」
 物価高が叫ばれている今、二百円でお釣りがくる飲み物は貴重だ。一口目はさすがに用心して少ししか口の中に入れなかったが味は全く変わらない。最愛の人も恐る恐るといった感じで薄紅色の唇を飲み口を近づけていたが、それ以降は普通に飲んでいた。
「さてと、では軍手などを買いに行きますか」
 自販機の横に置いてあったゴミ箱に分別して放り込んでその場を後にした。最愛の人も小さな花のような笑みを浮かべて祐樹と並んで歩いている。

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