- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」1
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「え……?すみません、余計なことを聞いてしまったようで」
夏輝は深々と頭を下げている。その様子を見た呉先生は、にわか雨に驚くスミレのようだった。夏輝はきっと呉先生の恋人が喧嘩の末に家を出たとでも思い込んでいるのだろう。呉先生の親しみやすい笑みがさらに深くなった。
「夏輝さんと呼んでいいですか?」
呉先生はたっぷりとお砂糖とミルクを入れたコーヒーを夏輝の前に置いている。この古びた――いや由緒ある個室にはコーヒーの香りがよく似合う。
「はい。嬉しいです。『さん』をつけなくても大丈夫です」
祐樹の前にもウエッジウッドのカップが置かれ、香気を含んだ湯気がふんわりと漂っている。
「誤解を生じさせる言い方をしてすみません。同居人は霞が関に籍を置いていて、出向という形で大阪に来ています。今はちょっと大変な案件を抱えていて、東京に行きっぱなしなのです。別に喧嘩をしたとか別れるという話にはなっていません」
呉先生の言葉に、夏輝は照れたような笑みを浮かべている。
「おっちょこちょいというか早とちりをしたみたいですみません。こんなに綺麗な人、しかもこんなに美味しいコーヒーを淹れることができるんですから、別れ話なんてそうそう出ないですよね。ああ!本当に安心しました。ゲイバーに行ったことがないのに、どうやって知り合ったんですか?」
夏輝の無邪気な質問に呉先生は細い肩を揺らして笑っている。
「ゲイバーに行ったらそんなに出会いがあるんですか?」
呉先生も興味津々といった感じで質問に質問で返している。普段の呉先生は質問には答えで返す人だが、夏輝の天真爛漫さに深い興味を抱いたらしい。
「僕が『グレイス』で奢られるのは若いうちだとは思います。でも呉先生ならあと十年はいけるんじゃないですか?こんなに綺麗なんですから。ただ、出会って口説かれてホテルに行っても、いい人ばかりじゃないんです……。その辺りはリスクが高いですよ……」
呉先生は雨に遭ったスミレの花のように青ざめている。
「そうなんですか……?薬を飲まされて意識不明になって……そのう……」
呉先生がゲイバーに行きたいのだろうと夏輝は察知し、釘を刺しているような気がした。何しろ空気を読むのが上手な夏輝だけにパートナーがいる男性にゲイバー通いはお勧めできないと判断したのだろう。そういう臨機応変さは流石だ。夏輝の存在は森技官も知らないだろうが、もし夏輝の勧誘のせいで呉先生がゲイバーに行ったと分かったら、厚労省の下部組織の保健所を使って「グレイス」で食中毒が発生したとか言いがかりをつけて調査させるような気がする。そうなったら最悪閉店の憂き目に遭うだろう。夏輝は何も知らずに呉先生の背後にいる森技官という爆弾を巧妙にかいくぐっているような気がした。
「田中先生は知っていますよね?ホテルに行ったら部屋にもう二人いて、輪姦されたことがあって……。その時薬も飲まされていて、あまり覚えていないんですけど」
夏輝は「僕、甘いコーヒーが好きなんです」とでも言うようなさらりとした口調で、かえって呉先生のほうがオロオロしている。
「ホテルは密室ですからね。リスクは少なからずあります。『グレイス』に行きたければ、森技官と一緒に行かれてはいかがでしょう?」
夏輝は細い首を傾げている。
「あのう、技官って何ですか?森さんというのが呉先生の恋人の名前だというのは分かるのですが?」
何だかリスが首を傾げているようでとても愛らしい。年齢相当、いやそれよりも若い感じだ。最初に「グレイス」で会ったときはゲイらしく振舞おうとしていたが背伸びをしているのが分かって痛々しかったのとはまるで別人のようだった。もちろんこちらの夏輝のほうがずっと好ましい。
「技官というのは省庁――つまり財務省や外務省のようなお役所に特定の技能を買われて入省した人のことをさします」
夏輝の目がお日様のように真ん丸になった。
「え?そうなんですか?じゃあ、国家公務員なんですね……?すごいですね……。あれ?霞が関って言っていましたよね……桜田門ではなくて??」
夏輝は京都市民の例に漏れず、東京の地理に疎いらしい。
「桜田門は警視庁がある場所です。霞が関は各省庁が集まっている場所ですね」
夏輝は祐樹の解説を頷きながら聞いていた。
「そうなんですね。一つ賢くなりました。田中先生有難うございます。呉先生のパートナーは技官なのですね。すごいです!」
呉先生は白衣に包まれた肩を竦めて苦笑を浮かべている。
「技官には色々あって……。運転が上手い人は車両技官として宮内庁に所属したり料理の達人が調理技官として雇われたり……という例もありますよ」
呉先生が自慢とも自虐ともつかない言い方をしていた。
「そういえば、宮内庁には造園技官という職もあるようですね。皇居などの庭木の手入れをする仕事みたいですけれども、森技官には天職でないかと思うのですが……」
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