「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点17

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 49 of 51 in the series 知らぬふりの距離

この部分は『知らぬふりの距離』祐樹視点・第26話あたりの場面にあたります。
それぞれが何を思っていたのか、併せて読んでいただければ幸いです。

 長岡先生はそういう奇抜な格好をしていた時に病院に呼ばれたのだとばかり思っていた。それがまさかパジャマだったとは……。今は白衣で隠れるからいいようなものの、病院からタクシーに乗る時には必ず目立つだろう。それにしても行きのタクシーでは何も言われなかったのだろうか?
 ああ、救急救命室に搬送されたという連絡を受けた人が驚愕のあまり我を忘れて病院に駆け込むということは珍しくない。自分が学生時代に救急救命室でボランティアをしていた頃、搬送された患者さんの奥さんがスケスケのネグリジェとパンティというのだろうか?とにかく下半身にだけ下着を着け、胸などはくっきり見える格好で来院してきたことがあった。当然、医師免許を持っていなかった自分は雑用係が主な仕事で、その妙齢の女性にシーツで作った貫頭衣めいたものを着せた覚えがある。
 長岡先生もタクシーに飛び乗って「大学病院まで」と告げたに違いない。運転手さんはまさか医師だとは思わず、家族の誰かが救急搬送されたり容態が急変したりしたに違いないと判断して、服装までとがめなかったに違いない。それに学生時代に「家族控室とはいえ、あの恰好は目の毒だし、病院内の風紀にも関わる」と他の患者さんに容態説明に行った医師が言っていた。それに比べると長岡先生のパジャマは随分マシだ。祐樹が気付く前までは、まさかパジャマとは思わず、凝った衣装だなとしか思ってもいなかったし。
「教授執務室には念のための着替えが置いてありますよね?ワイシャツはサイズが合わないかもしれませんが、ジャケットならなんとかなるのではないでしょうか?」
 祐樹がキビキビとした口調で具体案を出してくれた。長岡先生は細身だが、バストはそれなりにある。ちなみに具体的には何センチかなどセクシャルハラスメントに当たるので聞いたこともないし、知らない。
「教授、その前に一言お話があるのですが……出来れば人のいないところで」
 祐樹の意味ありげな表情に、ナツキさん絡みのことだろうと見当をつけた。そういえば「グレイス」でナツキさんの空気を読む力や人間関係を構築する能力という自分には乏しいものを持っているナツキさんに名刺を渡した。あれを父の誠一郎氏が見ていたら、医師と美容師専門学校生という接点のなさそうな関係をどう思ったのだろうか?合理的な説明ができるとは思わずにドキッとしたら身体が震えた。
「――さてと、ゆ……田中先生、自販機の前で話そうか?」
 長岡先生がそそくさと去った医局内ではナツキさんの話題などできるわけはない。最近は嬉しいことに遠藤先生達が気軽に話しかけてくれるようになった。しかし、祐樹と「グレイス」の話をしていると、「今度『グレイス』に連れていってください」と言われたら返答に困る。夜の病棟は非常灯と自販機の光だけで、その微かな光が、祐樹の男らしく整った顔を照らしている。
「お疲れ様です。ベッドに入っていらしたのですか?」
 祐樹としては何気なく聞いたつもりだろうが、自分はショーン・マッケンジー氏とのメールやプライベートバンクの担当者に聞いてみることの一覧を作っていたとは言えない。祐樹が買ってくれた午後の紅茶のミルクティはひんやりとしてとても美味しそうだ。
「祐樹、有難う。頂きます」
 二人きりでいるとここが病院であることも忘れそうだ。デートで夜のドライブにでもきているような錯覚を覚えた。
「いや、ベッドにはまだ入っていなかった。ええと――少し――調べものがあったのでパソコンを使っていた」
 嘘ではないが、到底祐樹が納得しないような気がした。「調べもの」というのは口から出まかせだったが、ショーン・マッケンジー氏にメールを打っていたのは事実だ。祐樹が買ってくれた午後の紅茶を飲むと舌が滑らかに動くような気がした。
「ナツキさん、あれ本名だったみたいです。季節の『夏』に『輝く』という字を書いて『夏輝』が本名です。有瀬誠一郎さんのデータは先ほどご覧になった通りです。そして――」
 祐樹が一歩近づき、自分の鼓動が跳ねた。人に知られたらまずい話をするのだろう。祐樹は辺りを真剣な表情で窺っている。
「私達と夏樹さんが知り合いだったという件ですが、阪急の四条河原町駅で通行人の中年男性が倒れ、それをたまたま夏樹さんがAEDを使っていたところに私達が通りかかったと。そしてその勇気ある行動に貴方が名刺を渡し、その後男性を診たという流れにしておきました。夏樹さんにも口裏を合わせて貰っているので、誠一郎氏とどこか地方から急いで戻ってくるはずのお母さまにもそのように言ってくださいね」
 祐樹の嘘はどこまでも自然で、本当にそんなことがあったのではないかという具体性に満ちている。自分も祐樹のようにこうした器用な嘘がつけるようになるのだろうか?祐樹の嘘は先天的な才能なのか、それとも後天的に身につけたものなのか気になった。
 とにかく自分にはこんなナチュラルな嘘を今の段階ではつけそうにないので素直に感心してしまう。

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