「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点14

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 43 of 51 in the series 知らぬふりの距離

この作品は、夏輝の父・有瀬誠一郎が搬送される前の、香川教授視点です。
毎日更新は無理ですが、時間のある時に不定期更新します。
教授がナツキのことをどう考え、祐樹も知らないうちにどう行動したのか――
気になる読者様に読んでいただければ嬉しいです。

「現状報告お願いします」
 執務室に寄って白衣に着替える手間も惜しいが、医師としての身だしなみには白衣が付き物なので仕方ない。黒木准教授や遠藤先生、そして三好看護師や広瀬看護師が、藤原さんの病室で殺気立っているようだった。
「教授、わざわざご足労頂いて恐縮です」
 自分の姿を認めた人たちは一様にほっとした表情を浮かべている。
「バイタルは?」
 会釈しつつ手術のときのように最低限度の単語で聞いた。酸素マスクを当てたのはきっと三好看護師だろう。そして緊急挿管をしたのは黒木准教授に違いない。
「ノルアドレナリン昇圧中です!しかし効きません」
 遠藤先生が切羽詰まった様子で叫んでいる。
「そうですか。では……」
 血圧も60/40など非常に厳しい状態だ。緊急冠動脈バイパス術を施すべきか一瞬だけ迷った。
「救急救命室からの連絡です。受け入れは可能かと」
 広瀬看護師がナースシューズをパタパタさせながら戻ってきた。
「そんなの無理に決まっている。藤原さんの容態が落ち着くまで待ってくれるようにと言って欲しい」
 黒木准教授が珍しく焦ったように叫んでいる。
「救急救命室は今どんな状況でしょうか?もしベッドコントロールが厳しいようでしたら、こちらに移してくださっても構いません」
 この場にいる全員は知らないだろうが、野戦病院さながらの救急救命室では一人分のベッドがままならないという可能性はある。祐樹ならばその状況を分かっているはずでもっと臨機応変に対応するだろう。
「それは大丈夫なようです。現在のところ患者さんは香川外科に受け入れを待っている人だけらしいです」
 広瀬看護師は抜かりなく救急救命室の状況まで聞いてくれたらしい。
「大動脈内バルーンパンピングを準備してください。それが駄目なら経皮的心肺補助装置を使います」
 自分の判断は多分間違っていないはずだ。そう思って黒木准教授を見たら、頼もしそうに頷いている。大動脈内に挿し込んだ細長いバルーンが、「ふくらみ」と「しぼみ」を繰り返す。心臓が休む時には代わりに力強く膨らんで血を押し戻し、心臓が奮い立ち血を吐き出す瞬間には、すっと縮んで道を開ける。徐々に血圧が戻っていく。
「遅くなりました。今どんな状況ですか?」
 長岡先生が白衣を羽織ったまま、慌ただしく駆け寄ってきた。
「大動脈内バルーンパンピングを行っています。強心剤や血管拡張薬、そして利尿剤を組み合わせて投与お願いします」
 指示を飛ばすと、長岡先生の表情が引き締まった。
「分かりました。特に強心剤が必要ですわね。血圧は元に戻りそうですが、油断は禁物ですから」
 三好看護師がシリンジを用意している。過剰昇圧を避けるためには、内科の内田教授が我が医局に欲しいと熱望しているほどの長岡先生の腕が必要だ。
「私は藤原さんのご家族に説明してきます」
 黒木准教授はやっと普段の温和さを取り戻している。
「お願いします」
 患者さんのチアノーゼが徐々に薄れ、血圧計の数値が戻り始めた。これで峠は越しただろう。思わず安堵の吐息を漏らした。
「尿量のチェックをお願いいたします。また抗凝固はヘパリンを継続するように」
 長岡先生も先ほどの緊張感ではなくて、少しは気が楽になった感じの声だった。
「救急救命室の受け入れお願いします」
 藤原さんの容態急変は一応けりがついたので、次はこちらだろう。
「遠藤先生は手術のリスケをお願いします」
 これであらかたのことは済んだような気がした。
「はい。分かりました。医局に戻ってすぐに作ります」
 遠藤先生は手技の腕こそ際立たないが、こうした事務作業は得意だ。
「患者名は有瀬誠一郎さんですね。心筋梗塞で搬送されたようですが、冠動脈に重度狭窄がみられます。私見ですが、バイバス術が必要かと思います」
 黒木准教授はメモを見ることもなく答えた。……有瀬誠一郎?それはナツキさんのお父さまの名前ではないだろうか?同姓同名の他人という可能性はあるものの。
「何歳で、そして職業は聞いていますか?三好看護師と広瀬看護師はベッドの用意をお願いします。こちらは我々だけで大丈夫ですので」
 黒木准教授は一瞬驚いたような表情を浮かべた。心臓外科では年齢こそ重視するが、職業はさほどでもないので自分だって突っ込んだことはない。
「五十一歳で会社経営だそうです」
 ナツキさんは二十一歳と聞いている。三十歳で子供を設けるのは早過ぎもせず遅すぎもしないだろうし、会社がS&Kカンパニーなら間違いはない。なんという偶然なのかと驚いた。自分には祐樹のような強運は全くないが、もしかすると祐樹の強運に上手く乗ったということなのだろうか……?自宅に居るときにはナツキさんの連絡先を知りたくてうずうずしていた。それがこんな形で実現するとは全く思ってもいなかった。とりあえずは二週間後のショーン・マッケンジー氏が紹介してくれるという「SAMURAI」の主演俳優とヒロイン女優の接待役のバイトはどう考えても中止だろうが、それもお父さまが倒れたのであれば仕方がない。

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