「気分は下剋上 叡知な宵宮」34

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 34 of 34 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

「天神祭りの日に、祐樹が言ったことは正確だったな。お祭りではなくてこの世に帰ってきたご先祖様を送るためにみなが神妙な顔をして歩いている……」
 最愛の人も祐樹も天神祭りのときとは異なって黒い色の浴衣にしたのは正解だったようだ。
「そうですね。屋台がない点は少し残念でしょう?」
 天神祭りの日とは異なって和装用トートバッグをそれぞれが持っている。こちらも浴衣に合わせて黒い色を選んだ。京都は呉服屋さんが多いのもこういうときには嬉しい。
「それが、そうでもない。天神祭りのときは、いかにもお祭りといった感じで皆が楽しそうにしていただろう。そういう明るい雰囲気だといちご飴や綿飴、そしてたこ焼き、串カツなども無性に食べたくなるが、こういうしめやかな雰囲気だとそういう気持ちはなくなるな……」
 最愛の人の白く長い首が、大文字焼きを優先させようと灯りを落とした京都の街では一際鮮やかに艶めいている。
「そうですか。それは良かったです。貴方が落胆なさっていたらどうしようかと、少し心配していたのです。ちなみに、京都に住んでいたご先祖様の魂がお盆の間あの世から帰ってくるという信仰ですが、貴方のご両親のお墓はどこにあるのですか?」
 彼が幼い頃にお父さまを、高校三年のときにお母さまを亡くしたという話は聞いていた。彼が京大医学部に合格したという報告を聞いて儚げに笑った顔が今でも忘れられないと、聞いた覚えがある。どんな事情があったのか今となっては知るよしはないが、親戚付き合いも一切ないということも聞いていた。
 「例の地震」のときに救急救命の指揮を執ったのが最愛の人で、NHKのみ取材を許可した地震の特別番組、そしてその後に二人で出た「テツ子の部屋」などで全国に彼の名前と顔が流れたのに、名乗り出てくる親戚もいなかった。
 ちなみに、祐樹の母は欠かさず観ている大好きな番組に息子と、実の息子よりも気遣っている息子の恋人が出ると知って、ご近所さんに言ったら、その話を聞きつけた市長や町長さんといった町の名士が祐樹の実家に集まって一緒にテレビを視聴したらしく、「珍しく親孝行したわね。ま、私は聡さんばかり見てたけど」と珍しく祐樹のスマホにかけてきた。いつもは祐樹の留守を狙ってマンションの固定電話にかけてきて、「祐樹が聡さんを困らせることがあったら、私に言って」とかなにくれとなく気遣ってくれているのは、ある意味では迷惑だが、最愛の人は喜んでいるのなら良しとすべきかもしれない。
「アパートの大家さんが、『お墓を作るといろいろと手間がかかるから、大谷祖廟に納骨し、お坊さんが毎日お経をあげてくれるほうがいい。それにお父さんもそこに眠っていると聞いたことがある』とアドバイスしてくださり手続きも行ってもらったので、お墓というものはないな……」
 最愛の人の声が普段よりも沈んでいる。聞いてはいけないことを聞いてしまったかもと焦ってしまった。
「そうだったのですね。大谷祖廟は親鸞聖人のお墓があるところでしたよね?違いましたっけ」
 合っていることは知っていたが、最愛の人の気持ちが祐樹に説明することで少しでも晴れてくれればとあえて質問した。
「そうだな。浄土真宗の教えでは亡くなった人は極楽浄土に行けるので、地獄は存在しない」
 実はそれも知っていた。大学受験で日本史を選択し最低でも九割をクリアしないと医学部への道は閉ざされると知っていたので満点を取った祐樹だった。
「そうなのですね。だったら、お二人は『地獄の釜のふたが開く』とされているお盆の時期にも、極楽浄土の蓮の上で仲睦まじく暮らしていて、この世には戻ってきていないのではないでしょうか?」
 最愛の人は白い蓮のように、慎ましやかでほんのり明るい笑みを浮かべていた。
「そうだな……。そう考えると気が楽になるな」
 無神論者の最愛の人も祐樹も、こういうときは宗教の教えに救われることもあるのだなと思った。何しろ、送り火を見ながら修繕工事中のゲイバー「グレイス」の入っているビルの屋上で愛の交歓をするというのが今回のデートなのだ。最愛の人も魂は信じていないが、ご両親の魂が帰ってきていると心の片隅で思ってしまったら、罪悪感を抱くような気がする。
「あ!うっかりライターを持ってくるのを忘れました。貴方のトートバックに入っているロウソクも、私が持っている蚊取り線香の箱も火がないと使えないですよね。あそこにコンビニがあるので買ってきます」
 祐樹が救急救命室の凪の時間にたまにタバコを買いに行くときには煌々とした灯りがともっているが、今は辛うじてコンビニのロゴが見えるほどだ。
「え?祐樹、私も一緒に」
 最愛の人は切れ長の目を見開いている。
「いえ、貴方はここにいてください。すみませんが、トートバッグを持っていてくださいね」
 最愛の人の返事も待たずに、祐樹はさっさと店へを足を向けた。

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