- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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え?と思って最愛の人が見ている方向に視線を遣った。弧を描いて宙に飛ぶスマホが祐樹へと飛来している。それもかなりの速度で。反射的に身を動かすよりも早く、最愛の人が両手でキャッチしてくれた。
「本当に……ありがとうございます。あのままだったら、額に命中したかもしれません。角が当たっていたら、額が裂けて、かなり派手に出血したでしょう。受け止めて下さって感謝です」
顔面の怪我は出血が多いというのは常識だ。最愛の人の唇は、いちご飴でほんのり紅く染まっていたはずなのに、今はすっかり血の気を失い、震えていた。
「……万が一、祐樹の目にスマートフォンの角が当たったらと気が気でなかった……。考えたくもないが……そうなった場合、外科医としての人生に関わることだった……。……本当に良かった……」
震える唇が途切れながら言葉を紡いでいる。確かに目に当たった場合のことを考えると祐樹も心底ゾッとした。最悪の事態を想定して動くという最愛の人は、咄嗟にそこまで考えたのだろう。この場でキスをして震える唇を宥めたいが、視界のうちには警官が六人も入ってきた。騒ぎを聞きつけ、祭りの警備から抜けてきたのか、ホテルの人間が110番通報したのかまでは分からない。ホテルマンと警官が急ぎ足で近寄ってきた。
「怪我はありませんか?」
警官がテキパキとした口調で聞いてきた。
「はい。本来ならば、私の額に当たるところでしたが、彼――友達が受け止めてくれて」
関係性を説明することもないだろう。前髪を下ろした最愛の人は祐樹よりも年下に見える。
「それは何よりです。貴方に怪我はないですか?」
警官の質問に、最愛の人が、赤い蝶のように、手をひらひらと舞わせている。
「この通り、特に問題はないです。――あ、いちご飴……」
最愛の人は両手でスマホを受け止めていた。祐樹の目に当たったらと思ったに違いない。地面では四つのいちご飴が無残な形にひしゃげていた。
「器物損壊罪と言えなくはないですが、被害届を出されますか?」
警官は職業柄か、無表情だった。最愛の人は痛ましそうな眼差しでいちご飴を見ていた。
「いえ、被害届を出すと時間がかかりますよね?だったらいいです。そろそろ花火の時間なので」
警官は頷くと敬礼のような仕草をしたのち、恋の柱のコスプレ女性のほうに向かって機敏な足取りで向かっている。ここからは「マジで~!ウチがなにしたって~!?」と言いながら警官に自撮り棒を押収されているのが見えた。
「お客様、当ホテルにご宿泊の方でしょうか?」
笑顔を取り戻したホテルマンがうやうやしく聞いてきた。
「はい、そうです」
花火が始まる二十分前にホテルのエントランスに浴衣姿でいるのは宿泊客くらいだろう。確かめたわけではないが、このホテルの上層階はインペリアルラウンジしかないようだった。従来型のホテルでは最上階にバーやレストランがあるが、このホテルにはなさそうだ。
「お客様、いちご飴は買ってまいります。当ホテルの過失でもありますから。何号室でいらっしゃいますか?」
ザ・ホテルマンという正装で屋台に行くのだろうか?まあ、買ってきてもらうのはありがたいので厚意を受けよう。部屋番号は……花火を見ながら――いや体験しながらの愛の交歓をする予定で、水をさされるのは絶対に避けたい。
「しばらくは、インペリアルラウンジで花火を楽しむ予定です。そちらへ届けて頂けたらと思います」
最愛の人が浴衣の袖からスマホを取り出している。あのはた迷惑な自称インフルエンサーだかYouTube配信者か知らないがあの女の物だ。祐樹の怪我がないことを確かめつつ、無意識にしまい込んだに違いない。
「これはあの女性のスマートフォンです。警官に渡していただけますか?」
最愛の人の少し紅く染まった指が、スマホをホテルマンに差し出している。内出血は見られなかったが、最愛の人の指にもスマホで傷がついた可能性はあった。「神の手」と呼ばれる彼の指の貴重さを考えると、祐樹はそのスマホをわざと地面にたたきつけ、そののちに下駄で思いっきり踏みにじりたいと思ってしまう。しかし、警官が近くにいる以上、器物損壊罪に抵触するような行動は慎むべきだろう。せめてもの腹いせに、スマホを睨みつけつにとどめた。
「では、お騒がせして申し訳ございませんでした。インペリアルラウンジに後ほど参ります」
祐樹は帯に挟んでいたカードキーを取り出してエレベーターの読み取り口にかざした。このホテルはこのキーがないと客室階やインペリアルラウンジに停まらないシステムだ。
「手は痛くないですか?ラウンジで事情を話して、氷水を持ってきてもらいましょうか?私の目も大切ですが、貴方の『神の手』のほうがさらに貴重です」
最愛の人は、震えのとまった唇に、仄かな笑みの花を咲かせている。
「そういえば、先ほど警官が被害届を出すか出さないか聞いてきましたよね?あれは何か意味があるのでしょうか?」
最愛の人は医師国家試験の合間に「暇つぶし」として司法試験も合格している。だから先ほどいた警官よりも法的知識があるはずだ。
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