- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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「それが……たこ焼きは、表面は冷えていても中は熱々だということが多いです。救急救命室の凪の時間に久米先生が何度口の中に火傷を負ったか。それに懲りたらしく、たこ焼きではなくてお好み焼きにシフトしましたよ……」
大学病院は夜間も医師や看護師がいるので、地元密着型の店舗が開いている。それなりに常連客がいるらしく細々と営業を続けている。祐樹は、病院の中で営業しているローソンではなくセブンイレブン一択だった。こういう買い出し係は研修医が担当するという救急救命室の不文律があって、外の空気を吸って気分転換してほしいという意図もあって、セブンイレブンを指定している。冬はおでんも売っており、こんにゃくや大根に「無料」の柚子胡椒は店員さんに言うと10パックくらいは余裕でもらえることも気に入っている。救急救命室で救えなかった命があると、無性にタバコが吸いたくなるが、久米先生は何故か必ず間違って買ってくる。念のために空のタバコの箱を持たせても、それでも祐樹の指定した銘柄を持ち帰ってくれない。諦めの境地に達して、どうしても欲しいときには祐樹が買いに出ることも多かった。
「そうなのか?だったら……」
最愛の人は、祐樹の手から舟形のたこ焼きの容器を、そっと撫でるようにして自分の手に移した。
「祐樹、預けていたスマートフォンを取ってくれないか?」
彼が何をしようとしているのか何となく分かった。帯に差していた彼のスマホを手に取り、ライトを点けてたこ焼きの容器を照らした。最愛の人はまるで咲き切ったことに満足している白色の夕顔のような笑みを浮かべ祐樹を見て爪楊枝を手に取った。たこ焼きを驚くほど几帳面に四分割していく最愛の人の指先は、どこか神々しさすら感じられる。手術のときに装着する手袋越しの指ももちろん愛おしい。しかし、今この瞬間、祐樹が照らす灯りの下でたこ焼きを切り分けている薄紅色の素肌には、それとはまた違う、一人の人間、いや恋人としての温かさと可愛らしさが宿っていた。だから祐樹は、息を呑むようにしてその手元を見つめてしまう。たこ焼きを切り分けているだけの所作すら、惚れ惚れとしてしまう祐樹が、少し可笑しいとも思いながら。
「祐樹、これなら熱も適度に冷めて火傷はしないだろう」
最愛の人の薄紅色の笑みが、小さな達成感に満ちたような煌めきを放っている。彼の手元には、焼き目を崩さないように丁寧に切りそろえられたたこ焼きの断片が、きっちり一センチ単位で揃っていた。その見事な「作品」を愛でるように眺めていると、最愛の人は爪楊枝を薄紅色の指で動かして、正確な四分の一に切り分けたものを刺し、持ち上げた。
「祐樹、お返しだ」
たこ焼きが祐樹の口元に近づいてくる。口に入れたたこ焼きは、本来の美味しさと彼の水際立った器用さが加わって、頬が落ちるかと思った。
「とても美味しいです。特に貴方の愛情が伝わってきて、最高の味です。はい、お返しです」
最愛の人の薄紅色の唇に爪楊枝に差した、四分の一のたこ焼きを近づけた。花のように開いた唇がたこ焼きを含むと、満足そうな笑みが瑞々しく煌めいた。結局祐樹の手元の爪楊枝は全て彼の口にたこ焼きを運ぶことに使われ、最愛の人も同様だった。
「とても美味しかったです。大きなタコも綺麗に切ってくださいましたね。爪楊枝だけで、ここまでのことができる貴方に脱帽です。私ならメスが必要だったでしょう……」
スマホのライトも消え、夜の闇に包まれた桜の木の下に居る最愛の人は、紺色の浴衣に包まれた肩を竦めているのが気配で分かる。
「私もメスがあったらいいなと思いながら手を動かしていた。祐樹が満足してくれたようで嬉しい。さてと、りんご飴やいちご飴を買いに行こう。花火が上がる時間にはホテルの部屋に戻るのだろう?だったらあまり時間がない」
長岡先生が婚約者の岩松氏経由で譲ってくれた部屋では、花火を見上げるのではなく横で弾けるのを楽しむ趣向だと聞いている。扇形の部屋なので、打ち上げ花火が全て見ることができる。その花火に照らされた最愛の人の、産まれたままの肢体を堪能する機会など滅多にないだろう。そう思うと、屋台で彼の望むものを全て買ってから部屋に戻りたい。
「そうですね。出来れば花火が始まる前、いや途中まで地上から見上げてもいいですが……」
最愛の人はしなやかな仕草で立ち上がり、いそいそとした感じで浴衣についてしまった草などを手で払っている。祐樹はスマホを帯に差し、彼に倣った。
「いちご飴とりんご飴、強いてどちらかを選ぶとしたら?」
最愛の人の楽しそうなお悩み相談に、祐樹はつい笑ってしまった。
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