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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
マンションにはすぐ着いた。何しろ大学病院は徒歩圏内なので、森技官の足の怪我がなければそもそも車を出す意味もなかった。
「気分転換にドライブでもしますか?」
祐樹としては、このまま部屋に帰りたいのが本音だったが、助手席の最愛の人はどう思っているかまでは分からない。それに、呉先生と森技官の浮気疑惑から、呉「教授」誕生ストーリーまで巻き込まれ、精神的に疲労はしたのも確かだが、肉体的にはさほどのことはない。祐樹は、野戦病院とはきっとこんな感じだっただろうと思われる救急救命室で、精神的にも肉体的な面でも疲労困憊することに慣れていたし、最愛の人も平日は一日二件、多くて三件の手術をこなす。もちろん、気力体力の消耗は言うまでもない。それに比べれば森技官と呉先生とのことは体力的に削られなかったぶん、余裕があるはずだ。
「祐樹とドライブ……それは魅力的な誘いで嬉しいけれども、今は家に帰りたい。仕事とは異なった精神を使ったので、部屋で祐樹とのんびりと過ごしたい。ドライブはまた今度ということでいいか?」
最愛の人も手術や患者対応とは違うことだらけだったし、それに何より演技が苦手な人が呉先生に決断を迫るためとはいえ、俳優顔負けの迫力だったのだから無理もない。
「そうですね。ドライブはいつでも出来ますから、家でゆっくり過ごしましょう」
マンションの駐車場入り口へとハンドルを切った。
「やっぱり家が一番いいな……」
玄関ドアを閉めた最愛の人が、しみじみとした口調で、しかもため息まじりに呟いた。
「それは旅行から帰った人が言う言葉ですよ」
祐樹も同感だったが、良くも悪くも森技官の存在感が消えた空間はいつもの静謐さを取り戻していて、つい軽口が出てしまった。
「あ、これ、呉先生はきっと存在を忘れていますよね」
呉先生の家出用バッグを白く長い指で持つ最愛の人に目を留めた祐樹が、苦笑交じりに指摘すると、最愛の人は、ビタースイートの笑みを浮かべて祐樹の隣にしなやかな動作で腰を下ろした。
「そういえば、全ての始まりは森技官が押し倒されて香水の匂いが移り、それを誤解した――まあ、誤解しないほうがおかしいですが、それからは怒涛の展開でしたね」
祐樹がため息交じりで最愛の人につい言ってしまった。彼は、瑞々しい白薔薇の笑みを浮かべて祐樹を見ている。
「ほとんど何もしていない私だけれども……」
あの圧巻の演技をそう自己評価するのが彼らしくてつい笑ってしまった。祐樹でさえ本当に怒っていると感じた、森技官への呉先生の暴力沙汰に対する倫理的、そして法的観点からの鋭い追及の演技を「何もしていない」と言う彼の奥ゆかしさに、祐樹は惚れ直した。
「それでも、祐樹の手技を間近で見ることができて嬉しかった」
心臓外科医として手術に挑む祐樹の動画は、全部見てくれる最愛の人だが、救急救命室の祐樹のことは知らない。だからこその反応だろう。
「それはそうと、祐樹、何か食べるか?」
最愛の人は呉先生のパンツをきちんと畳んでバッグに入れている。森技官の下半身への愛撫のせいでぐっしょりと濡れたそれを洗濯機に入れたのは最愛の人で、それを几帳面にバッグにしまうというのも彼らしい。思わず微笑みながら、後日呉先生が中身を見たら、羞恥のあまり火を噴きそうなスミレの顔になることは必至だ。そして、その羞恥を超えた怒りの矛先が森技官に向かうだろうと思うと、少しだけ溜飲が下がる思いだ。天下国家のために命を張っているのは尊敬に値するけれども、祐樹にとっての森技官は「仲のいいケンカ友達」だ。
「いえ、空腹ではないので、貴方の淹れる世界一美味なコーヒーをお願いします。貴方こそ、何か簡単なものを作りましょうか?」
ソファーから腰を上げた最愛の人は、当惑に揺れるミニ薔薇といった笑みを浮かべた。
「呉先生のケーキの食べっぷりの良さについついつられたけれども、もうこれ以上胃に何も入れたくない。コーヒーが限度だな」
彼の言うとおり、呉先生の胃は猫型ロボットアニメのように四次元ポケットになっているのかと思うほどよく食べていたなと微笑ましく思い出した。キッチンに軽やかな足取りで入っていった人を見送って、テレビをつけた。普段は朝しか見ないニュース番組を選んだのは、清川大臣の失言の報道がなされていないかが気になったからだ。ニュースで清川大臣の件は全く報道されていないことを確認し、祐樹はザッピングした。
キッチンからはコーヒーの香りが漂ってきて、「二人の日常」の時間が戻ってきたことを再確認し、一人で微笑んだ。
「速報です。清楚系美人女優として知られる白石志保さんの配偶者が、先ほど、覚せい剤取締法違反の疑いで警視庁に逮捕されました。警察は、事件の経緯について事情を聞くため白石さんにも任意での同行を求め、現在、署に向かっているということです」
アナウンサーが告げた名前は、芸能人をあまり知らない祐樹でも知っている人気女優だ。これはきっと森技官の指図に違いない。そう確信した。
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