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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
「え?ウーバーイーツに暗証番号が必要なのですか?アプリで見ていらっしゃいますよね?そこに書いてあるのではないでしょうか?」
どうやら配達員と鉢合わせしたに違いない。森技官はマンションの一階まで帰ってきたのだろう。
「え?森技官の電話番号の下四桁しか書かれていないのですか……?」
最愛の人はウーバーイーツを頼んだことはないはずだ。何せ時間がある時に作り置きして冷凍している料理を順繰りに食べていると聞いている。
「『お前はバカか』とお伝えください。その下四桁が暗証番号なんです。日本語が読めるなら、画面を見れば分かるはずです」
威張ったスミレといった感じの呉先生は高らかに言い切った。家で料理をしない呉先生だけにそういう知識はあるのだろう。
「その四桁を配達員さんに伝えればいいみたいですよ?しかし、何故この階に持って来てもらわないのですか?」
そういえば牛丼と『何とか御膳』をオーダーしていて、しかも森技官は足が今は不自由だ。ウーバーイーツの配達員さんが玄関まで来てくれることは、祐樹も知っていた。
「はい。この部屋まで持ってくるように頼んでください」
今日一日で森技官の株は大暴落したかと思えば急騰するなど目まぐるしい。
「コンシェルジュさんに部屋番号を言って一緒に上がって来てもらえば如何ですか?足の怪我、かなり痛いでしょう?え?そうでもない……。そうですか」
最愛の人が長く細い首を傾げながら電話を切っている。森技官はアルマーニのスーツに相応しい、いかにも高そうな靴を履いていた。当然足を締め付けるタイプなのに痛くないのだろうか?森技官は鋼のメンタルで生理的に無理な血液や内臓の臭いすらも嘔吐せずに乗り切った人なので、もしかしたら足の痛みも前頭前野に電気信号として伝わらずどこかでブロックされているとか、未知の脳内麻薬でも分泌されているのかもしれない。
玄関のインターフォンが鳴ったので、先ほど祐樹が清水研修医から聞いたことを備考欄に書き足している最愛の人を置いてドアに向かった。ウーバーの配達員は何故か笑いをかみ殺しているような雰囲気だった。牛丼と「何とか御膳」二人前の注文は別に不思議なことはないはずだ。このマンションのキャパ的に二十人前のピザを取った場合は笑いそうだが……。
「おまっ!!」
呉先生がむしろ悲痛な声を出して笑っている。そして、その笑いに呼応したように配達員の男性も肩と唇を震わせている。完璧にアルマーニを着こなした森技官なのにと全身を見て絶句した。足の爪を割って祐樹が手当をした包帯の部分は裸足だし、真っ青なスリッポンを履いている。上半身が有能なビジネスパーソンなら、下半身は急患の付き添いそのもので、呉先生が大爆笑するのも無理はない。
「ご注文有難うございました!」
配達員さんもお客の前で笑うわけにはいかないのだろう。まさに脱兎のごとく走り去っていった。きっとマンションから出た後で、きっと思い切り笑ったに違いない。
「お疲れ様です……。ファッション誌の表紙を飾る気なのか、それとも近所のゴミ出しに行く気なのかどちらか統一してほしいですが……。ところでそれはどこから入手したのですか?」
玄関のシューズボックスにスリッポンは入っていない。
「いえ、革靴では痛いですし、かかと部分が崩れるのも避けたかったもので……。コンシェルジュの女性に無理を言って貸してもらいました。なかなかいい履き心地ですね。――足の痛さはしばらく続くのですよね?だったらこのサンダルが良いかと思いますが?」
……アルマーニに似合わないことこの上ない。祐樹のほぼ寝巻に近い、着古したTシャツなどの普段着を貸してスリッポンのインパクトを弱めるか、それとも車で呉先生の家の車寄せに乗りつけるか悩みどころだ。
「わあ!!牛丼と牛皿麦とろ御膳だ!!サンキュ!」
……呉先生はまだ食べるつもりらしい。こんなに華奢な身体のどこに入るのか人体とは不思議だなと思ってしまう。
「それと、貴方の下着です。ローソンではなくて、下着専門店でもっと色っぽいのを買いたかっ……痛っ」
呉先生は真っ赤なスミレといった顔で頭を叩いている。祐樹の記憶に間違いがなければ、血腫が出来ている部位だろう。
「戻りました。何か進展はありましたか?」
冷徹そうで端整な顔で聞いている森技官だが、足元を見るとどうしても笑いの発作がこみあげてくるのは人情だ。
「清水研修医から連絡がありました。詳細はこちらに書いておきました」
最愛の人は特に表情を変えることなく淡々と言葉を紡いだかと思うと、森技官いわく「機密文書」の書き足した分を見せている。
「呉先生はお茶が良いですよね?森技官は?」
呉先生が牛皿麦とろ御膳のパッケージをキラキラした目で見ているのを、微笑ましそうに見た最愛の人は各自の飲み物を聞いていく。
「つかぬことをお聞きしますが梅昆布茶などはありませんか?」
……いや、梅昆布茶は確かに美味しい。第二の愛の巣とも言うべき大阪のホテルの客室でたまに飲む。しかし、それは愛の交歓が終わり、パジャマに着替えて塩分を補給するためという側面が大きい。アルマーニとスリッポンだけでも可笑しいのに、縁側ですするのが似つかわしい梅昆布茶ときたら笑うしかない。

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