「気分は下剋上 寒い夜の一幕」前

短編
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This entry is part 16 of 18 in the series 下剋上SP

寒い夜に、屋台のおでんの話を。
静かな夜更けに、二話まとめて公開しています。

「祐樹、お願いがあるのだけれども」
 朝食を食べ終わって、お代わりのコーヒーをトレーに載せた最愛の人が怜悧な声にわずかな弾みを含んで話しかけてきた。
「私が出来ることなら何なりと。今朝のオムレツはふわふわで美味しかったです。ご馳走様です」
 最愛の人がまるでオムライスのような形のプレーンオムレツを作る工夫をしてくれているのは知っている、二人で行くリッツカールトン大阪のクラブフロアの朝食でもオムレツの前にはシェフが立っていて頼めば焼いてくれるが、プロが作ってもふわふわとは程遠いのが現実だ。
「そうか。それは嬉しいな。完全形には程遠いがもっと工夫を重ねようと思う。それはそうと精神科の中庭に電飾をつけた木があっただろう?それを見に行ったときに、おでんの屋台に行くと言っていたが、残念ながら臨時休業だったな。そこに行きたいと思っているのだが……」
 最高に美味しいコーヒーを口に含むと、まるで天国にいるような気がした。
「お安い御用です。今日も救急救命室の勤務ですので、夜中の三時になりますが、熱々のおでんを食べるにはいいかもしれませんね。あ、今日でいいのですよね?」
 最愛の人は露を含んだ薄紅色の薔薇のような笑みを浮かべて頷いた。
「午前三時に、電飾の木を見に行ったときに待ち合わせた場所で落ち合いましょう。防寒対策はしっかりしていらしてくださいね」
 この部屋にいる彼は祐樹の恋人だが、病院では彼の手技を慕って国内外から患者さんが押し寄せてくる、いわば公人だ。
「それは分かっている。祐樹と一緒に食べる熱々のおでん、とても楽しみだ」
 薄紅色の薔薇が咲き誇るような笑みを浮かべながら、彼は朝食で使ったお皿を手際よく下げている。祐樹もコーヒーを飲み終えると食洗機にお皿を入れた。
「すみません、少し遅れましたね。手が離せない患者さんがいたもので」
 電柱の陰に駆け寄ると、最愛の人は白い花のような笑みで祐樹を迎えてくれた。
「いや、祐樹を待つのも、私にとっては楽しい時間だ」
 薄紅色の唇から白い息と弾んだ声が零れている。
「寒くないですか?」
 つい気になって聞いてみた。祐樹は救急救命室の勤務明けはこの時間なので慣れているが、最愛の人の場合、この時間はベッドで休んでいる。だから寒さに耐性がないはずだ。京都は盆地のせいで冬は底冷えが厳しいので彼が感染症に罹ったら大変だ。
「祐樹の顔を見ると、心が温かくなる。だから大丈夫だ」
 弾む声が何だか春風に乗っているような気がする。
「ここか。本当に即席なのだな」
 最愛の人は透明なビニールシートの中を見て切れ長の目に驚きの色を湛えている。ビニールで覆われた屋台の中にはホカホカとした湯気が立ち上り、その気もない通行人でも立ち寄りそうな雰囲気だ。
「らっしゃい!」
 頑固そうな店主らしい人が威勢よく迎えてくれた。
「とりあえず、日本酒を頼みましょうか?」
 普段はビールを頼むのだけれども、この寒い夜には熱燗が相応しいだろう。
「祐樹に任せる。大根も出汁が十分しみ込んでとても美味しそうだ」
 隣に座っていたタクシーの運転手らしい客の皿を見て最愛の人が笑みを深めている。
「大関はありますか?あったらそれを熱燗でお願いします」
 祐樹が店主に言うと、「あいよっ。ただ、熱々の酒だがいいかね?」という威勢のいい声が返ってきた。
「はい。こんな日は熱いほうが有難いです」
 店主はおでんを煮ている仕切りのある大きな鍋の中からワンカップ大関を器用に取り上げている。出汁の温度は多分百度だろうから、熱燗よりも熱いのはある意味当たり前だ。最愛の人は手袋を外して最短の動作で蓋を開けている。祐樹も金属の蓋を開けて二人で乾杯した。
「大根と玉子とこんにゃくをお願いします。貴方は?」
 最愛の人は大きな仕切りのある鍋を珍しそうに眺めながらワンカップ大関を飲んでいた。タクシー運転手が羨ましそうに日本酒の瓶を見ているのは車を運転する以上飲酒が出来ないからだろう。
「私も大根と、それから牛すじ・焼き豆腐を、とりあえずお願いします」
 出汁もたっぷり入れた深皿に頼んだ具が入ってきた。その湯気と美味しそうな香りが幸福の具現化のような気がした。
「うん!とても美味しい。大根にこんなに味をしみ込ませるには相当時間がかかるでしょうね?」
 最愛の人は満足そうな笑みを浮かべながら店主に聞いている。祐樹も飴色の大根の美味しさに舌鼓を打った。
「切れ目を目立たずに入れるのがコツやね。後は時間をかけて煮込むんや」
 最愛の人はいちいち頷きながら聞いていた。
「確かに切り目が入っていますね。それに上に載った柚子でしょうか。とにかく柑橘類の皮がいい感じのアクセントになっています。とても美味しいです」
 最愛の人の賛辞に店主もいかつい顔をほころばせている。
「これは柚子の皮やで」
 こんにゃくも、救急救命室の凪の時間に食べるコンビニのものとは全く異なる。噛むと出汁がじわっと口の中に広がるようだった。コンビニのおでんは、こんにゃくの味しかしない。まあ、それは出汁が薄いせいなのかもしれない。
「牛すじも、ゼラチン質がモチモチでとても美味しい」

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