「これはあくまでも病院内のイベントです。しかも小児科病棟には無菌室から出られない患者さんもいますよね。部外者は立ち入り禁止にすべきです。例えが乱暴かもしれませんが、高校などの文化祭だと入場料を支払うか、在校生の知り合いに入場券を貰って普通の校外の人が入ると収益が生まれます。しかし、病院だとそのようなことは不可能です。コスプレをする我々はともかく入院患者を守らなければならないので、むやみやたらと見物人を増やすべきではないと考えています。看護師や事務局の女性が仕事の合間に見に来るのは仕方ないですが、外部の人間を入れると患者さんのためにはならないです」
我ながらうまい口実を思いついたなと自画自賛したい気分だった。
「それはそうだな……。入場料を取って小児科の赤字を埋めるという――とはいえ焼け石に水のような気がする。それだけを考えれば入場料を取るという祐樹の案はナイスアイデアだろうが、入院患者さんの心の平穏を考えればそんな無茶なことは無理だ。ああ、そろそろランチタイムが終わるな……」
最愛の人は時計を見ずにそう言った。彼は腕時計をしてはいるものの、単なる飾りでしかなく、一秒単位の正確さで体内時計が時を刻んでいる。そんなことができるのも卓越した脳の働きの一例だ。
「これが浜田教授のLINEです」
祐樹は連絡先を紙に書いて、呉先生に渡した。我ながら下手な字だなと思ってしまった。達筆を誇る最愛の人とは雲泥の差だ。
「有難うございます。どんな文面で送ればいいのでしょうか?」
呉先生ははにかんだスミレのような表情だった。病院内でもLINEは積極的に使われている。まあ、生きた化石のような精神科は事情が違うらしいが。だから祐樹も本名で登録しているし、呉先生も同様なのは知っていた。
「呉先生の名前は既に浜田教授もご存知です。『主人公の後輩役を引き受けました。以後よろしくお願いいたします』でいいのではないでしょうか?教授職とはいえ、浜田教授は大変気さくな人なので、看護師も、親鳥のあとをついて行くヒヨコのような感じです。色々と要望やわがままを言っているようですよ」
言外に呉先生が気を使ってLINEの文面を打つ必要はないと伝えた。
「え、そうなんですか……。歩くパワハラのようなアイツとは全く違うのですね」
呉先生はにこにこと笑いながら毒をはいている。歩くパワハラというのは精神科の真殿教授のことだろう。
「コスプレに必要なのは服や頭のサイズです。服はともかく頭のサイズは普通測らないので小児科に行って計測してもらったほうがいいかもしれないですね」
呉先生は突然の風に吹かれたスミレのような途方に暮れた表情だった。
「頭のサイズですか……?」
最愛の人は白薔薇のような笑みを浮かべて薄紅色の唇を開いた。
「祐樹の場合は、キャラクターの髪の色が白いのでカツラが必須です。そのために頭のサイズを知らせておく必要があるのです。しかし、呉先生の場合は地毛でも十分ではないでしょうか。その辺りは浜田教授と相談なさってはいかがでしょう?」
呉先生はなるほどといった感じで頷いている。
「アニメは見ないのですが、コンビニに行ったらコラボ商品というのですか?ピンクの髪の毛の可愛い女の子のイラストを見かけます。田中先生の白い髪もそうですが、アニメでは多彩な髪色があるのですね」
確かにアニメを見慣れていないと髪色には驚くだろうなと祐樹も思った。
「今、世界レベルで流行っている『鬼退治アニメ』では、桜餅のような配色で、桃色と緑色の髪の毛の女性キャラなどもいますからね。そういうものだと思って割り切るしかないです」
祐樹が断言すると最愛の人もほのかな笑みを浮かべている。
「その女性キャラクターは、一日百七十個の桜餅を八カ月食べ続けた結果、そういう髪色になったという、医学的にはあり得ない設定です」
祐樹の言葉の補足をしてくれた。
「それは確かにあり得ませんね。しかし、一日百七十個の桜餅、そんなに食べてみたいものです」
……祐樹は呉先生、正気かよと思ってしまったが、いたって真顔だった。ケーキが大好きなのは知っているが和菓子も好きらしい。先ほど子供にどう接したらいいか分からないと言っていた。この超高齢化社会で子供の数は減っているのも事実で、呉先生のご近所さんもお年寄りが多いからだろう。森技官も、「下宿している」という触れ込みの呉先生のご近所さんには、猫を何重にもかぶって「いい人」として接しているし、お得意の盆栽の手入れなどを一緒に行っているらしい。そのご近所さんからは和菓子が出されるのかもしれない。
職業も地方公務員と自己申告していて祐樹も以前話したことのある八木さんの家では縁側でお茶を飲んでいると聞いたことがある。呉先生もお年寄りとは交流があるようだ。まあ、あの昔から続く住宅街は新興住宅地と異なって子供の数が極端に少ないのだろう。
「ではそろそろ失礼します」
二人して会釈すると、呉先生は祐樹に「大丈夫ですよね」とでも言いたげな眼差しを向けた。
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