今の運営会社がどんな企業なのかなどは全く知らないのだけれども、行政が関与していたなら、観光客がほぼいないのも頷ける話だ。ロビーに着くと森技官の長身はよく目立った。しかも呉先生とお揃いのモフモフした毛布みたいなコートを着ているのがミスマッチ過ぎて笑える。
森技官のこのラフすぎるというか、切れ者官僚の見本のようにビシっと決めたアルマーニのスーツ姿しか知らない部下が見たら衝撃を受けるか爆笑するかの二択のような気がする。森技官の仕事は政局が動くときなどは二十四時間対応しているはずで、今もスマホが鳴ってビデオ通話を求められた場合、顔しか映せないだろうなと余計な気を回してしまった。
「お待たせしました」
うっかり笑うと反撃がくるので、必死に真顔を取り繕った。
「いえいえどう致しまして。ところでお二人のお揃いのセーターはミッソーニですか?」
森技官が、どこか羨ましそうな表情で聞いてきた。彼はアルマーニを愛用しているが、そのブランド一筋というわけではないらしい。確かにお揃いだが色違いだ。ただそんな些細なことをいちいち訂正する気にはならない。
「教授とご一緒に買いに行かれたのでしょうね?」
呉先生が無邪気な感じで言葉を紡いでいる。
「いえ、マフラーとセーターは最愛の人の手編みです。精緻な編み目もそうですが、愛情がこもっているような気がして最高の着心地です」
滅多なことでは驚かない森技官が昔の映画「プラトーン」のポスターのように天を仰いでいる。このロビーに客がいなくて本当によかったとしみじみ思った。恵まれた体格と苦み走った顔をしている森技官は、ただでさえ人目を集めるのに、今のモフモフしたコートのミスマッチさでその注目度はレベルアップしている。そんな人が雑踏で大袈裟に天を仰ぐ仕草をしたら通りすがりの観光客の目を一身に集めてしまうだろう。
「……それはとても羨ましいです……。私は恋人にそこまで求めませんが……」
呉先生は感嘆めいた眼差しで最愛の人を見ている。森技官も恋人の手先の不器用さを知っているからこそ、手編みのマフラーなどは求めても無駄だと思っているに違いない。
「祐樹はこういう手作りの物を嫌いそうだったので、初めて作ったときには不安でした。しかし、思いのほか気に入ってくれたので毎年作っています」
……祐樹は、彼以外の男性が手編みのマフラーなど作ってもきっと捨てていただろう。しかし、最愛の人が祐樹のことを想いながら編んでくれたものだと思うと愛おしさが募って何枚でも大歓迎だ。
「オレに期待されたって困るからな!マフラーなんてどうやって作ったらいいかも知らないし、知る気もない。それはそうと、早くイルミネーションを見にいこう。そして、そのあとはカニを食べよう!」
呉先生に対して森技官は手編みのものなど期待していないだろうが、うっかり期待されたら困ると呉先生は考えたのだろう。普段よりも早足でロビーを突っ切り、玄関を出ようとしている。四人で移動しても全く困らないほどのまばらな客の数に経営は大丈夫かと思ってしまう。
「人が少なくていいのですが、こういう施設はヘリコプターの中で話題になった箱モノ行政のなれの果てなのですか?」
祐樹は話題を変える目的もあって森技官に聞いてみた。
「大雑把に言うとそうですね。累積赤字が6億4200万円というデータが出ています。民間に思い切って全部任せるのがいいと個人的に思うのですが、最近ではジャングリア沖縄のように、民間100%出資・経営しても大赤字を出すケースもありますので……。まことに嘆かわしいことだと思っています」
そういえば、救急救命室の凪の時間にYouTubeを見ていた久米先生が「わ!田中先生、すごいテーマパークができるみたいです!こういうところに新婚旅行に行くのが夢です!」と興奮気味に言ってきた。確かにそのCMではティラノサウルスが映画「ジュラシックパーク」みたいに襲ってくるという、最愛の人も喜びそうだなと思った。しかし、ふたを開けてみれば待ち時間は長いし雨をしのげる場所は少ない上に肝心の恐竜のショボさは、目も当てられない有様だった。久米先生が先走って予約してしまわなくて本当によかったと、悪評を知って祐樹は思ったものだった。
「そうですか。民間でも大失敗していますからね。しかし、地方自治体の、たとえば市長や知事はよく何々を作って地方活性化を図りますと公約に掲げますよね。懲りないのでしょうか……」
ドアをくぐって外に出ると寒さを感じた。最愛の人は色違いのセーターの上にコートを羽織りマフラーを手際よく首に巻き付けている。
「投票所に行く人はわりと何となくという空気感で票を投じるのです……」
森技官は厚い生地のコートでさらに広くなった肩を優雅に竦めていた。祐樹もコートを着て、マフラーを幾重にも巻き付けて黒い革の手袋をはめた。
「そうですか……。確かに、その候補者の全てを調べた上で投票に行くなど、普通の仕事をしていたら無理な気もします」
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