呉先生は細い指をぶんぶんと振りまわしている。どうやら呉先生の演説が始まりそうな気配だ。
「お前が潜入している兵庫県庁だって何かを作れば県内外から観客が押すな押すなの大盛況だと思って箱モノを建てるだろう?そしてさ、全く上手くいかなくて、『民間の企業努力にお任せしたい』とか綺麗ごとを抜かして手を引くだろ?しかもそれが知事の思いつきを民間企業に押し付けてるだけじゃないか?
また、牡蠣の9割程度が死滅してたんだってな。それをあの知事は『牡蠣を救おうプロジェクト』を立ち上げたのはまだいいとして、寄付を募っているサイトに行ったら気の毒な牡蠣業者――収穫できないせいで、収入はゼロに近いらしいし、従業員に給料も払えないんだってな。それなのに義援金としてまとまったお金を渡すどころか金利はゼロとはいえ、「お金を貸します」なんてふざけてる!寄付サイトもよくよく見れば『中長期的な観光を狙ってコンテンツをブラッシュアップするためです』とか支援者をバカにするようなことが書いてあったぞ。牡蠣業者さんは今の今、現金が欲しいのに、観光に寄付金を回すって何だよ?中長期じゃなく今すぐ義援金を回すべきだろう!お前が頑張ってるかと動画を見て滅茶苦茶腹が立った!『気の毒な牡蠣業者を救います』と誤解を誘う文章をサイトに書いて結局はよく分からない観光業者にお金が流れるんだろ?それって詐欺じゃないか?」
そんなことがあったとは祐樹も知らなかったし、最愛の人も驚いたように切れ長の目を開いている。
「県知事のすることにはなかなか表立って注意は出来ないのです。ただ、そういうご意見も多数いただいているので、引っかからないように地道に努力はしています」
森技官は後生大事に捧げ持った袋を開け、中からゴディバのタブレットチョコを取り出して割っている。ただ森技官も手先が器用でないせいか、綺麗には割れずに台形を形作っていた。
「サンキュ!ただ、この怒りはゴディバのチョコだけじゃ収まらないな」
呉先生はバリバリと嚙みながら目は怒りを湛えたままだった。
「ではこれを……」
森技官は袋の中からベビーカステラを取り出して呉先生に渡している。どうやらお菓子の山がこの袋に入っているらしい。
「牡蠣の件は農林水産大臣が危機感を持って動いています。義援金などの資金援助も協議中だと仄聞しています。そして、私が県庁に潜入している関係上、知事反対派の人とも話すのですが、検索すると予測変換機能がありますよね?そこに『詐欺』とか『怪しい』などの文字が出るように市民の皆様と一緒に頑張っています」
森技官は、ベビーカステラを三つも頬張る呉先生を愛おしげに見ていた。祐樹はウエストの辺りに最愛の人の指を感じ、怜悧で端整な顔を見た。もう片方の手が窓の外を示している。
「明石海峡大橋も空中から見ると本当に女神さまのネックレスみたいですね」
呉先生もゴディバのタブレットを一枚全部食べ終わって窓外を見ている。呉先生はベビーカステラも好物らしく先ほどのようにリスの頬袋のように頬を膨らませて食べている。ゴディバのタブレットも大きいのに、そんなに食べても大丈夫なのかとも思うが、余計なお世話だろう。最愛の人と祐樹は夜景の美しさに見入っていた。森技官はと言えばiPadで何やら書類を作成しているようだった。
最愛の人がヘリコプターの窓に映っていて、その端整な顔の向こうに赤や黄色の灯りが瞬いているのも絶品だった。
「そろそろ目的地ですね。近くの小学校の校庭に着陸許可を取りました。そこには迎えの車も待機しているはずです」
森技官がロレックスの時計をこれ見よがしにチェックし、低い声で告げた。流石は将来の事務次官様との下馬評もある森技官なだけに万事抜かりがない。
「気流も安定しているらしくそれほど揺れないと思いますが一応気をつけてくださいね。ベビーカステラを喉に詰まらせないよう、気をつけてください。ああ、腕の良い救急救命医がいらっしゃるので応急処置は万全ですけれども……」
最愛の人も救急救命は得意だが、救急救命医としての資格は持っていない。だから祐樹のことを遠回しに褒めたつもりだろう。さほど嬉しくはないのだけれども。
「竹を使ったライトアップも珍しいですね」
車を降り立った最愛の人が珍しそうな笑みを浮かべているのも、来て良かったと祐樹は思った。
「なあ、カニとかも食べ放題なんだろ?」
呉先生が森技官に期待に満ちた声で確かめている。ヘリコプターの中であれだけ食べたのにまだ足りないらしい。いったい呉先生の胃袋はどうなっているのだろうかと思ってしまった。
「そうです。それにこの辺りは牛肉の産地としても有名なので美味しい神戸牛も味わえます。兵庫県の食の文化が結集しているらしいですね」
森技官は恋人の頬を優しく突いている。そういう微笑ましい仕草を見ていると、ほかほかした愛情が漏れてきて、寒い中でも心が温かくなる。
「先にチェックインを済ませましょう。プール付きの部屋のあるホテルもこの広大な敷地にはあるようですが、真冬に泳ぐなど考えられないのでごくごくシンプルな部屋を選びました」
チェックインを済ませて荷ほどきをするために客室へと向かった。森技官が配慮してくれたのか、最愛の人と祐樹の客室と森技官たちの泊まる部屋は階が異なっている。そういう細かい心遣いが森技官の出世の一因だろう。
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