今、艶かな素肌を目にすれば最愛の人の貴重な睡眠時間を削って三度目の愛の交歓になだれ込んでいくことはは必至だった。
「貴方のスーツやネクタイを買いに行くとき、お供したことがあったでしょう?」
最愛の人は「教授職として無難だから」という理由で、かつて馬具工房だった歴史を持つ老舗で買っている。そしてあちこちの店舗を回るのは時間の無駄という理由で衣料品は全てそのブランドだ。ただそこのスーツの柔らかい感じは最愛の人に良く似合っている。彼が試着室に入っている時間は店内をぶらぶらしている。そんな時間の中で見つけたものはきっと最愛の人に似あうだろう。特に、愛の交歓のときやそのあとには。
「スカーフ売り場で見たのですが、長岡先生がよく結んでいるスカーフとは別に」
――彼女の場合手先が絶望的に不器用なので左右が非対称になっていることは言わないでおこう。
「シフォンというのですか?割と透けるタイプのものが売っていて、あれを貴方の肢体に巻くと綺麗だろうなと見たときから、ずっと思っていたのです」
最愛の人は切れ長の目を見開いている。
「そんなことでいいのか?祐樹が望むのなら、リッツカールトンに行く日までに手に入れておく。そういえば、あのタイプは、90cmと140cmのサイズがあるのだ。店でもらったカタログでモデルさんが身体に巻いていたのは、多分140cmのほうだろう。それで祐樹の気分が上がるのなら喜んで用意する」
祐樹は、看護師の世間話であのブランドは品薄だと小耳に挟んだことがあるのだが、きっと上得意客のリストに載っていそうな最愛の人には別ルートがあるのだろう。
「約束ですよ、聡?」
啄むようなキスを交わすと最愛の人も積極的に舌で祐樹の唇を湿らせてくれた。
「肌艶の話ですが、ハロウィンのイベントまでは貴方が責任を持って私のストレス解消をしていただけませんか?いや、してください、お願いします」
きっと断らないだろうとは思ったがベッドの上で頭を下げた。
「小児科のハロウィンのイベントで私が祐樹のためにできることはそれくらいしかないからな。ただ時間がない場合は――口でするだけでもいいか?」
口腔内にも最愛の人が弱い場所はあって、それを思い出したのか紅色の唇をサーモンピンクの舌が舐めた。そういう艶っぽい仕草は目の毒なので、あえて視線を逸らせた。
「もちろんです。聡の口戯は絶品ですから、ね。それと、私のためにブルーのカラーコンタクトを入れたり、多すぎて長すぎる睫毛をつけたりしてくださるのは大変助かります」
そうは言っても祐樹の脳裏には、怜悧で端整な顔と紅色の唇が嬉々として祐樹の灼熱の楔を飲み込んでいく様子は筆舌に尽くしがたいほどの艶っぽさが浮かんでいた。それに祐樹とは異なって最愛の人は喉を開くという動作が事もなげにできる。その締め付け具合ときたら……。いや、今は考えないでおこう。これ以上思考を進めると純白のシルクのパジャマを脱がせたくなる。
「この時間は何をなさっているのか時々考えていたのです。救急救命室で凪の時間になったときに。読書タイムだったのですね。そうそう、『凪』といえば、川口看護師も『鬼退治アニメ』を題材に催し物をする場合に『水の柱』が貴方に似合うと言っていましたよね。私もそう思います。切れ長の目や端整な顔、そして、落ち着いたたたずまいなど共通点はたくさんありますよね」
枕に頭をつけてすぐ隣の彼に告げた。
「他でもない祐樹が言うのだからそうなのだろうな。自分のことはあまりよく分からない。それはそうと、祐樹、お休みのキスは?」
祐樹の胸元に肢体を寄せてきた最愛の人の可愛らしすぎるおねだりについ笑みを浮かべてしまった。
「お休みなさい。良い夢を」
そう囁きかけて唇をしっかり合わせた。先ほどの話が煽情的すぎたのか、最愛の人の肢体から柑橘系の香りがふわりと漂っている。
「祐樹、お休み」
その言葉を聞いて、祐樹はストンと眠りに落ちた。
「――祐樹!?」
泥の中をもがくような感触の中にいた祐樹は、極楽から垂らされた一本の蜘蛛の糸のような言葉を聞いて目を開けた。
「祐樹、うなされていたが、大丈夫か?」
反射的に時計を見ると午前三時だった。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
眠っていても夢なのは分かっていたが、それでも嫌な気分は濡れ雑巾のように心に張り付いている。
「いや、この時間は普段祐樹が帰ってくるだろう?だから自然と起きてしまうので気にしないでほしい。ホットミルクでも飲むときっと落ち着くだろう」
祐樹を注意深そうに見ていた最愛の人は身体的症状ではないことを察したに違いない。常夜灯の明かりに蛍のように淡くシルクが映えて、静謐な足取りで寝室を出ていく最愛の人を見送った。あれほど最高の気分で眠りに落ちたというのに、なぜあんな悪夢を見てしまったのだろう?
「少し糖分も摂ったほうが良いと思ったので、スプーンに半分ほど入れた」
最愛の人がトレーを持って戻ってきた。静謐で怜悧な雰囲気だったが、少し心配そうにしているのは祐樹がこんなふうに起きたことはないからだろう。
「――何か寝言を言っていませんでしたか?」
マグカップを受け取りながら言葉を選んで質問した。決定的なことを口にしていなければいいのだが、なにせ意識がないので自信はない。
―――――
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