「祐樹、救急救命室の勤務明けの午前三時に病院の職員専用の門に迎えに行ってもいいか?」
最愛の人が作ってくれたふわふわのフレンチトーストを食べていた祐樹は、予想外の「お誘い」に驚いた。彼は朝食に相応しくポタージュスープをカップで飲んでいる。夕食ならばスープ皿に盛るのが最愛の人の習慣だ。
「もちろん大歓迎ですけれども、寒いですよ?」
シャキシャキとしたレタスの歯触りを楽しみながら一応釘を刺した。
「それは知っている。祐樹が帰宅したときに唇が冷たいからな」
最愛の人が起きていれば「ただいま」と「お休み」のキスを交わして眠りにつくのがルーティンになっている。
「夜中の病院ですか?いったい何があるのですか?」
最愛の人は春風に舞う桜の花のような笑みを浮かべた。
「それはまだ内緒だ。祐樹と二人で夜のデートというのもいいだろう?」
デートは大歓迎だが、病院内には昼ほどではないが職員だってたくさんいる。そんな状況でデートが楽しめるのだろうか?まあ、最愛の人には考えがあるようなので、祐樹としては彼との夜のデートが誰にも見つからないことを祈るしかない。
最愛の人も祐樹との真の関係を病院関係者に内緒にしている。信頼できる人には打ち明けているけれどもこれ以上その数を増やすことはしないというのが二人の約束だった。
「通用門の辺りは灯かりが煌々とついているのです。向かって右、三メートル先に電信柱があります。そこだと人目につかないです。だからそこでお待ちいただければと思います」
深夜のデートは翌日の仕事に差支えがでるので自粛しているが、今日は金曜日で土日は休みだ。
「分かった。そうする。祐樹が見つけてくれるのだろう?」
ごく薄い紅色の唇が綺麗な笑みの形を作っていたのが印象的だった。
「誰にも見つからないようにしてくださいね。あとは、防寒をしっかりとなさっていらしてください」
最愛の人はプライベートでは祐樹の生涯の恋人だが、香川外科には彼の手技を慕って国内外から患者さんが押し寄せてくる心臓外科医だ。風邪を引いたり体調不良になったりすることは許されていない。彼自身も十分自覚していて予防策は徹底している。
「それは約束する。温かい恰好で行く。あ、もちろん数分、いや数十分の遅れは気にしなくていいので」
最愛の人がしなやかな動作で立ち上がり、祐樹に近づいて小指を差し出した。祐樹も唇に緩い笑みを浮かべて小指を絡め彼の好きな「指切りげんまん」をした。最愛の人はこういう些細なスキンシップも大好きだ。彼がどんなデートプランを練っているのか、まだ分からない。しかし、外出デートのお誘いは、ほとんどが祐樹からだったので何だか新鮮な気持ちだった。
「お待たせしました。――もっと温かい服を着ていらっしゃると思っていましたが?」
午前二時四十五分に門を出た祐樹は目印の電信柱に足早に近づいた。幸い周りに人は全くいない。
「それが、万が一病院関係者に見つかった場合を考えるとこの格好のほうがいいような気がして……」
マフラーではっきりとは分からないが通勤用のカシミヤコートに包まれた肩を竦めているようだった。普段の通勤と異なる点は前髪を上げていない点くらいだろう。ほの紅い唇から白い息が出ていていかにも寒そうだ。ついつい「おでんを食べに行きませんか」と誘いそうになったが、このデートは彼の発案だ。だから彼の意図通りに動くのが良いのだろう。
「祐樹、こちらだ」
警備員さんにIDカードを示すと「お寒い中お疲れ様です」と言われた。確かにスーツの上にコートを着て革の手袋をした姿の彼は患者さんの容態急変で呼び出された教授のあるべき姿という感じだ。
「呉先生に聞いたのだが、取って置きの場所があるらしい。そして、それは今年限りだそうだ……」
最愛の人はさして迷う様子もなく病院の敷地の奥へと歩みを進める。最初は誰かに会うかもとの懸念から、上司と部下らしく距離を取って歩いていたが、誰もいないので肩を並べて歩いた。最愛の人の湯上がりの香りが、底冷えの京都の寒さを緩めてくれるような気がした。
「こういう澄んだ空気の病院内を、祐樹と歩くのはとても楽しい」
夜の闇に銀の粉を散らしたような声だった。
「そうですね。この辺りは訪れたことがないので、別世界のような気がします。その中を最愛の貴方と歩くのは特別で格別な気がします。今年限りのものというのもとても楽しみですが、そういう特別なイベントがなくても仕事の疲れが吹っ飛ぶような気がしますよ?」
最愛の人は唇に花のような笑みを浮かべ、澄んだ双眸には祐樹を気遣う光が宿っている。
「今夜は忙しかったのか?」
直接素肌に触れたくて祐樹は手袋を外した。最愛の人も祐樹の意図を察したのか黒い手袋から白く長い指を澄んだ空気に晒している。指の根元まで絡ませると最愛の人の温かさが手だけではなくて身体と心全てに春風が吹いているような気がした。
「今夜は、ですね」
満ち足りた気持ちで祐樹は話し始めた。
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