気分は下剋上 巻き込まれ騒動 81(18禁)

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This entry is part 7 of 25 in the series 気分は下剋上 巻き込まれ騒動

※このお話には大人向けの描写(R-18相当)が含まれます。年齢に達していない方の閲覧はご遠慮ください。

 森技官の右手がゆっくりと呉先生のスラックスの前へと降りていくことで、均衡は崩れた。指先は、明らかにそこに熱を灯そうとするかのように布の上から優しく、しかし、意図的に圧を加えながら動く。撫でるでもなく、押すでもない。硬さを呼び起こすことだけを目的とした、無言の誘導だった。
 ――なぜ祐樹と最愛の人の前で行為に及ぼうとするのだろうか?隣でスマホを構えていた最愛の人も、森技官の手の動きが何を意図しているのか、すぐに察したのだろう。横顔にはわずかな驚きが浮かび、そして次第に――頬に、薄紅色の刷毛はけで静かに色をのせたような紅が差していた。
「ちょっ!お前……っ!一体……っ、あ……や……っ、そこは……っ」
 呉先生の声は、風に揺れる薄紫のスミレのようにか細く震えていた。森技官の指が衣擦れの下で急所に触れた瞬間、呉先生の細身の身体がピクリと跳ねる。否応なく反応してしまった己の身体が、羞恥の熱をじんじんと生み出していくようだった。
 最愛の人は、祐樹に「どうする?」といった困惑めいた眼差しを送ってきた。最愛の人にどんなことであれ頼られるのは恋人として誇らしい。だが、この状況をどうすればいいのだろう?というか、森技官はどういうつもりで手淫を施しているのだろうか?この色っぽい呉先生の画像を夜のおかず・・・にして、出張先のホテルなどの宿泊先で見るのかもしれない。森技官は、祐樹とは異り、つまみ食いをする人なのも何となく察していた。森技官の服についた香水のナゾが解けていないときの呉先生の落ち込みぶりは見ていて気の毒になるほどだった。それに比べて恋人の艶っぽい姿をビデオに収めておくほうが、まだ建設的な気がした――まさか最後まではしないだろう。いや、脳内物質の分泌過剰だと推察される今の森技官ならやりかねないような……。
「とりあえず様子見で。専門的な判断は貴方に任せます」
 片手でスマホを固定し、眼差しで伝えると共に、祐樹の頭を指で示した。森技官が突然アジ演説をかました時、呉先生は軽そうを疑っていたと記憶している。最愛の人も呉先生と精神科について対等に議論ができるほどのレベルなので、彼の判断に従おう。
 スラックスの前が、無残なほどあからさまに盛り上がっていた。……「恋人との仲良し写真」を撮って保存する程度の話ではなかったのか?祐樹だって「そういう」DVDのお世話になったことはあるが、なんで撮影する側に回っているのだろう?安っぽいブレザーの制服らしき物を着た平均よりは少し上のレベルの男優が放課後の教室で……などを大学時代に鑑賞した記憶がある。
 その映像よりも、目の前で濡れ場を演じているカップルのほうが、顔もスタイルも画面越しの俳優たちが色褪せるほど、圧倒的に絵になっていた。しかし、いったいどうすれば、恋人同士の痴話喧嘩がアダルト映像の撮影にまで発展するのか、祐樹には皆目見当がつかない。祐樹は、それなりにエロDVDの免疫はある。しかし、最愛の人は――少なくとも、観たことはないはずだ。しかもよりによって被写体が親友の呉先生と友人の森技官。いったい、どんな気持ちでこの映像を眺めているのか……祐樹は、恐る恐る隣を覗き込んだ。最愛の人は、頬こそ桜色に染まっていたが、その眼差しはどこか、不思議な生き物を観察するようなものだった。祐樹は精神科医に診てもらった経験はないがあれきっと医師が患者の精神状態を注意深く見つめる時の目――あるいは、それに近い何かのように思えた。
「やめて……、ここで……お願い……っ」
 呉先生は、祐樹たちからも視線を逸らし、呟く声には涙に似た湿り気が混じっている。しかし、森技官の手はその恥じらいすら優しく絡みつき、まるで春風がスミレの花弁を撫でているようだった。羞恥に咲いた一輪のスミレ。誰にも見せたくなかったはずのつぼみが、今、恋という名の陽射しにあてられて、ゆっくりと、しかし確かに綻びはじめていた。紫の影を落とすその花は、切なさと悦びをたたえながら、愛されることで咲いてしまった――その事実に、呉先生はただうつむいて震えるしかなかったのだろう。
「はい、カット」
 森技官の低く艶を帯びた声が、まるで劇場に響く有名映画監督の号令よりも、はるかにその場の空気を支配していた。その瞬間、祐樹の指が撮影ボタンから自然と離れていた。意識的にではない。ただその美声の「完成された終止符」に祐樹の無意識が従っていた。
「……っ」
 隣でスマホを構えていた最愛の人も、ついに耐えきれなかったのか、大きく息を吐いた。紅薔薇のように凛とした表情がふっと崩れ、ふわりと頬に朱が広がる。彼にしては珍しく、わずかに肩が震えていた。呉先生の姿は、その余韻の中心にあった。足の間の布地が、痛ましいほど主張している。彼自身もそれを見下ろし、そして気づき、ひどく動揺したように唇をかすかに噛んだ。羞恥の色は、耳朶から細い首筋へ、そしてうなじのあたりまで染み渡っていた。その様子はまるで――早春の風に晒されながら密やかに咲いたスミレの花がふと誰かに見つめられたと知った瞬間、花弁を竦めながらも散らすことができずに、ただただ色を深めていくような――そんなあまりに人間的な美しさを孕んでいた。

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