そして、最愛の人は彼のスマホを凝視していて周りの会話も耳に入っていなかったのだろう。拍手の音に慌てたように頭を上げて、何の意図の拍手かも分からないといったあいまいな拍手をしている。優れた外科医は集中力を何分割にもできる。それは最愛の人もできることは知っていたが、その能力は休止中みたいだ。チラリと見た彼の画面には「現代最強の呪術師」に扮した祐樹が不敵に笑っている画像に視線が釘付けだった。
そういえば、そういう表情を最愛の人に見せたことがなかったなと今さらながら思った。デートに行って彼のスマホで撮るときは、祐樹単体で笑っている画像が多いし、たまに親切な人がツーショットを申し出てくれる際はとても楽しそうな笑みを浮かべている写真が多いのは言うまでもない。
執刀医として難手術に挑む時など祐樹は多分このLINEスタンプのような顔をしているだろうが、最愛の人は別の手術の執刀医を務めているため見ていない。それほどまでに柏木看護師たちが作ったLINEスタンプを気に入るなら、スタンプに加工する前の元の画像の原本かコピーを入手して最愛の人にプレゼントしようと心に決めた。
「そういえば、昔は、アニメのコスプレというと、手作りがメインだったようです。中には母親に泣きついて作って貰ったと聞いています。今は買えば済むので楽です」
浜田教授が手酌で日本酒を唇へと運びつつ懐かしそうな表情を浮かべている。もしかして実体験だろうか?浜田教授はアニメも好きらしいのでそういう過去があってもおかしくない。
「そうなのですか?昔流行ったサッカー漫画はユニフォームを用意すれば何とか絵になりますが……ああ、あの独特な髪型がネックですね」
祐樹はさほどアニメに興味はないが、映画のCMなどで見ることはある。何でも変な薬を摂取させられたせいで高校生から小学生の身体になってしまった名探偵の男の子が活躍するアニメのヒロインだと思われる女性は、恐竜のようなツノが髪の毛から突き出ているように見える。祐樹が扮する登場人物は、髪の毛の色こそ日本人離れしているが髪型は普通なのが救いといえなくもない。
「川口看護師には近日中にオファーしますね。真殿教授の逆鱗に触れてしまった場合は浜田教授が責任を持って引き取ってくださいね」
こんな、というと語弊があるけれども、小児科のハロウィンの催し物という本来の職務ではないことを真殿教授が知り激怒し、そして「医局から出て行け」と言われたら目も当てられない。
「それはもちろんです。ウチの科に入院している子供たちは大人、特にお兄さんのような男性との触れ合いがどうしても偏りがちなので、『体操のお兄さん』のような人材を求めています。年齢と容態によってはプレイルームで『高い高い』など職員が見ている前でできますよね。ですから本当に大歓迎です。私が出来ればいいのですが、あいにく腰を痛めていまして。それはそうと、香川教授ご気分でも?」
浜田教授が心配そうだった。テーブルの上にスマホを置いて――内容は浜田教授からは見えない――お酒も飲まず肴に箸をつけていないので当然かも知れない。え?といった感じに、切れ長の目が煌めいた。どこで何をしているか分かっていないのではないかと思われるほど無垢な光が祐樹の目を射るようだった。最愛の人会話をどこまで聞いているか分からないので、「コ・ス・プ・レ」と唇の動きで教えたら、朝の雫の宿った紅色の薔薇のような笑みを浮かべてくれた。
「――ここだけの話ですが、教授は厄介な手術が控えておりまして、その手順を頭の中で色々とお考えになっていたのですよね?」
もちろんそんな事実は全くないが、助け舟のつもりだ。
「……そうなのです。『難しい話は抜きにして』という趣旨に反してしまって申し訳ありません」
最愛の人は内田教授と浜田教授そして祐樹に頭を下げながらお酌している。確かに祐樹のLINEスタンプに見惚れていたとは口が裂けても言えないだろう。そもそもこの両教授も祐樹と最愛の人の真の関係を知らない。
「それはそうと、現在上映中の『鬼退治アニメ』二部はいつごろになると思われますか?」
浜田教授は厚く切った鯛の刺身にワサビを少しだけ載せて醤油も形だけつけて口に運び、日本酒を美味しそうに飲んだあとで聞いてきた。
「『呪いが廻る戦い・ゼロ』は製作期間が四ヶ月という驚異的な速さで出来たみたいですね。しかもあのクオリティです。あ、田中先生ハロウィン用にはちゃんと映画をDVDなりサブスクで見て復習してくださいね。言うまでもなく高校生らしい感じを上手く出してください。さて、四か月は無理でしょうが、この熱狂が冷めないうちに新作を出したいところですよね。ただ、作画のクオリティは神がかっているので……二・三年はかかるのではないでしょうか?もっと早く見たいですが」
内田教授は茶わん蒸しを食べながら願望を口にした。
「世界でもあんなにヒットしたのですから、次回は全世界同時ということもあり得ますよね」
最愛の人は酔いを感じさせない涼やかな声だった。
「気になるのは――」
せっかくの楽しい会話に水を差さないように細心の注意を払って祐樹は会話に加わった。
―――――
更新滞ってしまい申し訳ありません。実は二本の肋骨にヒビが入ってしまって、一時は息をするだけで辛かったです。今はかなりマシになりましたがパソに長時間は無理です(泣)すみませんがものすごくスローペースな更新になります。
インフル流行っていますが読者様もくれぐれもご自愛ください。
こうやま みか拝
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