「気分は下剋上 イルミネーション 2025」1

「気分は下剋上」イルミネーション 2025
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This entry is part 1 of 2 in the series 気分は下剋上 イルミネーション2025

「田中先生、あの薬効はすごいですね。お陰様で『すき家』に行く必要もなくなりまして、恋人と『吉野家』に行っています。午前四時くらいの『吉野家』は秘伝のタレが牛肉とほどよく合わさってとても美味なのですよ」
 わざわざ最愛の人の執務室に定時後に来て話題にするか?と森技官に呆れてしまった。
「あの薬効とは……」
 最愛の人が怪訝そうな表情で首を傾げている。「自然薯はバイアグラよりも効果的」と祐樹が適当に書いた論文と、その後に渡した偽薬のことを最愛の人は知らない。
「あれは――そのう」
 マズいと思って最愛の人が淹れたコーヒーを口に含み、何とか時間を稼ごうとした。きっと世界一美味しいコーヒーを飲めば、妙案も浮かぶだろう。
「あれは、秘密保持契約を結んだ知り合いからこっそりと入手したものなので、たとえ教授職とはいえ口外出来ないのです」
 最愛の人は「そうなのか」といった感じで頷いてくれ、森技官は「そんな特別なものを私に」と呟いて、祐樹に満面の笑みを向けてくる。――正直、そんな気味の悪い笑みは要らなかったが、ここは調子を合わせておくべきだろう。
「また、改良したものが出れば、お渡しします」
 今度は間違いなく六百円のものをAmazonでタップしよう。――なにしろ二千円は痛すぎる。
「それまでお待ちください。研究はご存知のように水物ですから、いつになるかまでは分からないですが……」
 病院長経由で祐樹を指名してきた森技官の目的はもしや、これなのかと思った。
「そうそう、香川教授、街もすっかりイルミネーションの季節になりましたね?」
 これも本題ではなさそうだが、律儀で几帳面な最愛の人は、淡い笑みを浮かべて「そうですね」と返答している。
「お二人に是非とも見せたいものがありまして」
 ようやく本題に入るのかと思い、森技官が取り出したスマホの画面を見て脱力した。
「去年やっと時間が空いて、イルミネーションを堪能しに行ってきたのです」
 呉先生と森技官が写っている画像だった。
「ああ、そこはとても綺麗なイルミネーションみたいですね。派手なイベントで、森技官にはぴったりだと思います」
 そういえば祐樹もニュースで映されていたのを見た覚えがある。森技官は、どうやら「派手こそ美徳」と思っているふしがある。「スーツは男の戦闘服」と言って着ているアルマーニだって、ハリウッド的な感じだ。こういうタイプはシンガポールに行ったら迷わず「マリーナベイサンズ」に宿泊しそうな気がする。逆に最愛の人は「ラッフルズホテル」を選ぶだろうなと思う。隣に背筋をすっと伸ばして座っている最愛の人は特に羨んだ様子もなく、ただ静謐な微笑を浮かべていた。
「私たちはルミナリエに行きたいと思っています。阪神淡路大震災の被害者の方々への追悼と観光振興のためという理由なら有料になっても仕方ないです」
 凛とした声が教授執務室の静謐な空気に溶けていった。森技官は「一理ある」といった好意的な表情で最愛の人を見ていた。
「それでしたら、四人で行きませんか?恋人は、車での移動を何故か嫌がるのです。電車でのアクセスならルミナリエのほうが断然にいいですし」
 「何故か」じゃなくて、森技官の運転が信じられないレベルで乱暴だからだろ!と言いたくても言えない。何しろ、偽薬でごまかしてはいるが、二十億もの科研費を「自然薯の研究費」と言ってポンと渡された胃の痛みを再現したくはない。仲のいいケンカ友達という関係性だが、下手につつけば藪から蛇どころか、二十億もの研究費が出てくる恐怖のほうが圧倒的に怖い。祐樹は子供のころに山に行っていた関係で蛇はさほど怖くない。というか毒のない蛇は振り回して遊んでいた。
「いいですね。呉先生ともゆっくりと話したいですし」
 最愛の人が白い薔薇のように微笑んだ。――最愛の人は気づかなかったようだが、森技官の画像フォルダをタップした拍子に一瞬だけハロウィンの呉先生のコスプレが表示された。呉先生も高校生役だったが、呉先生の扮した役は思いっきり学生服という感じだった。もしかして、学生服フェチ――いや、これ以上考えるのは止めよう。
「空から見るルミナリエも素敵でしょうね」
 さすが官僚様はスケールが違うと感心した。
「いえ、空からだと、屋台のものが食べられなくなるので、歩いて見て回りたいです」
 屋台のりんご飴やたこ焼きをこよなく愛する最愛の人がきっぱりと言った。森技官は黒色のスーツに包まれた広い肩を優雅に竦めているのが最高にむかつく。なまじ似合っているからこそ、余計に腹立たしい。
「あそこの県庁は、当省が重点的に取り組んでいるパワーハラスメント対策を必要とするほど、問題が常態化していて、由々しき問題だと思っていたところなのです。なにしろ――」
 これが本題なのかと内心身構えた。森技官の無茶振りは突飛すぎる傾向にある。まさか県庁職員として潜入しろとか言うのではないだろうな……。

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