「気分は下剋上 ハロウィン 2025」3

「気分は下剋上 ハロウィン2025
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This entry is part 1 of 4 in the series 気分は下剋上ハロウィン2025

 ミスタップが悔やまれる。いや、ここは前向きに考えよう。呉先生の根回し料と思えば、二千円は安いものだと自分に言い聞かせた。本来ならば、隣に並んでいた六百円のものをタップしたかったのに……。
「確かにあのラスボスは筋骨隆々とした人ですから、病院にはなかなかいないですよね」
 内田教授もため息混じりに言っていた。……二千円、これが呉先生ではなく久米先生なら、出演料など出さなくても喜び勇んで出てくれるだろうに――そう思いながらとスマホの画面を未練がましく見つめていたところで、あっ!と思って口を挟んだ。
「精神科のメンズナースはいかがでしょう?特に川口看護師は適任かと思います」
 最愛の人は、祐樹とは全く異なる目でLINEの画面を見ていたが、すっと視線を祐樹へと流してきた。その一瞬の視線の交差が、祐樹には嬉しかった。
「川口看護師の上腕は、細身の女性のウエストサイズに近かったですし、どちらかといえば童顔なので……相応しいと思います」
 最愛の人も祐樹のアイデアに賛成してくれるようだった。祐樹が主治医を務める兵頭さんが抑うつ状態に陥ったとき、精神科にも造詣が深い最愛の人が彼の診察に関わっていた。そのとき、まるで東大寺南大門の仏像のように背後に控えていたメンズナースたちを、彼も覚えていたのだろう。
「――精神科ですか」
 内田教授と浜田教授は苦々しい表情で顔を見合わせている。
「真殿教授にお願いに行くのは、正直気が進みません。臨時教授会で、香川教授に精神科の深刻なパワハラ問題を追及されたとき、『ウチの科にパワハラなんて存在しない』と言い張っていましたよね。香川教授の冷静な指摘に、最後は逆ギレして会議室を出ていったでしょう」
 浜田教授が怒りもあらわに暴露している。最愛の人は、「セクハラ禁止条項が可及的速やかに追加されることになった」以外は多くを語らなかったので、祐樹には初耳だった。
「あの教授に頭を下げるのは、ねえ?」
 両教授は完全に腰が引けているような感じだった。
「川口看護師は、精神科病棟の女性患者からのセクハラ問題に頭を抱えていたみたいで、禁止条項が設けられたと知るとすぐに、ウチの科にお礼を言いに来てくださいました。ですので、教授を通さずとも頼むことは出来ます。どうせ真殿教授が小児科のイベントに興味などを持つこともないでしょうし、あの科は完全に内向きになっていますよね。独裁者・真殿教授のイエスマンばかりが揃っている息苦しい科です。小児科の看護師たちは浜田教授をものすごく慕っていますよね。そういう状況を川口看護師が見たら、おのずと責任者でもある真殿教授の異常さに気づくのではないでしょうか?」
 そうなれば、呉・次期教授待望論が医局の中からも生まれてきそうだ。せっかく「高校生」のコスプレをするからには、最愛の人も望んでいる呉「教授」の後押しを進めたい。
「なるほど!それはいい案ですね。最悪、川口看護師が真殿教授に疎んじられた場合、小児科が責任を持って彼を迎え入れます。女性看護師ばかりだと、入院患者の男の子は相談が出来づらいと思っていたので助かります!」
 閉塞感に悩む精神科にも何だか光が見えてきたような気がした。出たがりの久米先生だが、今回の役に相応しいのは――人間ではないが、ラスボスが首に巻き付けて「呪具」を格納している呪霊の役なら、なんとなくハマりそうな気もする。とはいえ、久米先生の全体重を首と肩の力で支えなければならない。それはさすがの川口看護師でも出演キャンセルを申し出てくる気がして、口には出さなかった。
「最強の、もう一人の呪術師役には心当たりがあります。田中先生扮する役ともぴったりでしょうね」
 浜田教授が安心したように言った。主人公の親友役は塩顔のイケメンだ。そういう人がいるのかと思ったが、何しろ大学病院は広いので祐樹が知らない医師や看護師も多い。
「やはり、大人ばかりのイベントがいいですね。今回の話にもヒロイン枠のセーラー服の少女がいますが――殺された『後』という設定にします。ウチの科には『元気な子供』は不必要なのです」
 浜田教授がため息まじりにこぼした。
「ここだけの話ですが、『父はスパイ、母は殺し屋、娘はエスパーの疑似家族』を題材にしたところ、その娘役――医局員のお嬢さんだったのですが――役柄に合わせて無邪気に走り回ってもらったのです。それを見てふさぎ込む患者さんが多かったんですよ」
 祐樹は、なるほどと思いながら日本酒を口にした。天真爛漫な様子で走り回るあの少女役――逆に香川外科の病棟だったら、大歓迎で拍手喝采だっただろう。「孫を思い出す」とか絶対に言う患者さんは多いはずだ。小児科は重篤な容態のお子さんが多数いるので、妬ましく思う子もいたのだろう。病棟によって、こうも反応が違うものかとしみじみ思った。
「ま、教授職なので涙を飲んで諦めますが……香川教授――」
 浜田教授の突然の指名にLINEの画面を見ていた最愛の人が驚いたように顔を上げた。

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